ゲーリー・カー

ゲーリー・カー（Gary Karr, 1941年 11月20日 - ）は、アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス生まれのコントラバス奏者です。現在はカナダを拠点に活動しています。彼は、コントラバスという楽器を単なるオーケストラの低音パートから解放し、本格的な独奏楽器としての地位を確立した、文字通り「最初のコントラバス・ソリスト」として世界的に知られています。

長年、コントラバスはヴァイオリンやチェロのような旋律楽器、あるいは独奏楽器として扱われることは稀でした。しかし、ゲーリー・カーは、その卓越した技術と音楽性、そして楽器への深い理解をもって、コントラバスが持つ豊かな表現力と可能性を世界に示しました。彼は、18世紀のドラゴネッティや19世紀のボッテジーニといった先達のソリスト精神を受け継ぎつつ、現代におけるコントラバス独奏の道を切り拓いたヴィルトゥオーゾです。

経歴

コントラバス奏者の血筋を引くゲーリー・カーは、幼少期から自然とこの楽器に触れ始めました。彼は自身のルーツに誇りを持ち、音楽家としての道を歩み始めます。まだ体が小さかった頃には、楽器の背後に椅子を置いてその上に乗り、練習に励んだというエピソードが伝えられています。

その後、彼は世界的な音楽教育機関であるジュリアード音楽院に進み、コントラバスの権威であったスチュアート・サンキーに師事しました。ここでの学びが、彼の技術と音楽性の基礎を築きました。

彼がプロフェッショナルとして初めて公式の舞台に立ったのは1962年、21歳の時でした。レナード・バーンスタインが指揮するニューヨーク・フィルハーモニックとの共演という、非常に華々しいデビューでした。この記念碑的な演奏は多くの聴衆に感銘を与え、特に著名なコントラバス奏者セルゲイ・クーセヴィツキーの未亡人からは深い共感を得ました。彼女は、かつて夫が愛用していたとされる貴重な1611年製のアマティのコントラバスをカーに贈呈しました。この伝説的な楽器との出会いは、彼のその後のキャリアにおいて重要な意味を持つことになります。

彼はこの成功を機に、オーケストラのポストに就かず、専らソロ演奏活動によって生計を立てるという、当時のコントラバス奏者としては非常に稀な道を選びました。彼はまさに、ソロ活動だけで自立した最初のコントラバス奏者と言えるでしょう。

長年にわたり世界各地で演奏活動を行い、コントラバスの魅力を伝え続けたカーは、2001年6月に公式コンサートからの引退を表明しました。しかし、彼は音楽への情熱を失うことなく、現在は後進のコントラバス奏者の育成に情熱を注ぎ、その経験と知識を若い世代に伝えています。

独自の演奏スタイル

コントラバスは、その構造上、ヴァイオリンやチェロに比べて音の立ち上がりが遅く、明瞭さにおいて課題がありました。このため、コントラバスを聴衆を惹きつける独奏楽器とするには、音の輪郭をより鮮明にする工夫が不可欠でした。

ゲーリー・カーは、この音響的な困難を克服するため、独自の探求を重ねました。彼は、コントラバス用のものよりも摩擦力の少ないヴァイオリン用の松脂を使用し、その量も一般的なコントラバス奏者より少なく抑えました。さらに、弦を駒のより近い位置で弓弾きするという奏法を取り入れました。この革新的なアプローチにより、コントラバスとしては異例とも言える、クリアで輪郭のはっきりした音色を獲得することに成功したのです。

この奏法は、弦楽器の奏法としては非常に難易度が高いものでしたが、その代わりに通常では得られない硬質で張りのある、力強い音色を実現しました。これにより、コントラバスをソロ楽器として演奏する上での音響的な障壁を克服し、彼が「最初のコントラバス・ソリスト」としての地位を確固たるものとする基盤となりました。

広範なレパートリー

ゲーリー・カーの演奏レパートリーは驚くほど多岐にわたり、コントラバスのために書かれたオリジナル作品だけに限定されることはありませんでした。彼は、他の楽器のために書かれた作品を積極的にコントラバスで演奏し、この楽器の表現力の可能性を広げました。

例えば、チェロ奏者にとっても高い技術が要求されるフランツ・シューベルトの『アルペジョーネ・ソナタ』や、アントニン・ドヴォルザークの壮大な『チェロ協奏曲』といった大曲を、彼はコントラバスで見事に演奏しました。特にドヴォルザークのチェロ協奏曲については、日本の指揮者・朝比奈隆と大阪フィルハーモニー交響楽団との共演によるライヴ録音がCDとしてリリースされ、その偉業を知らしめています。

他にも、ヨハン・セバスティアン・バッハの『無伴奏チェロ組曲』全曲録音といったクラシックの重要なレパートリーに取り組む一方で、日本の歌曲をコントラバスで演奏したアルバム『日本のうた』（「荒城の月」などが含まれる）など、幅広いジャンルの作品を録音しています。これらの録音は、コントラバスという楽器の持つ多様な音色と表現力を伝える貴重な資料となっています。

ゲーリー・カーの存在は、コントラバスという楽器の歴史において極めて重要です。彼はその革新的な演奏と教育活動を通じて、コントラバスをソロ楽器として確立し、後続の世代に計り知れない影響を与えました。彼の功績は、コントラバスが単なる合奏楽器ではなく、情感豊かな独奏楽器としても十分に成立することを世界に証明したことにあります。

もう一度検索