コミッサール指令

コミッサール指令：独ソ戦下の非道

1941年6月6日、アドルフ・ヒトラーは「政治将校の取り扱いに関する指針」と称する極秘指令を発令しました。通称「コミッサール指令」と呼ばれるこの指令は、ソ連侵攻（バルバロッサ作戦）開始直前に、ソ連軍捕虜である政治将校（コミッサール）を、投降の状況に関わらず、即座に処刑するよう命じるものでした。

指令の発令と背景

ヒトラーは既に3月、軍事幹部との作戦会議でこの方針を示唆していました。彼は独ソ戦を「イデオロギーと人種に基づく戦争」と位置づけ、「騎士道的な戦い方は不可能」と断じ、ソ連共産党のイデオロギーを体現する政治将校を徹底的に「排除」する必要性を訴えました。この処置が国際法違反であることを認識していたにもかかわらず、実行部隊の免責を明示していた点が特筆されます。ヒトラーは、ハーグ陸戦条約がソ連には適用されないとの誤った主張を根拠に、指令を正当化しようとしていました。

指令の内容と解釈

指令は、「完全にボリシェヴィキ化している、あるいはボリシェヴィキのイデオロギーを積極的に広めようとする者」を処刑対象としていました。政治委員の肩書を有していなくても、該当する者は処刑の対象となり、指令文書中には「処分する」「処理する」「片づける」といった婉曲表現が用いられ、直接的な殺害命令は避けられていました。

国防軍の反応と指令の実行

コミッサール指令の草案は、オイゲン・ミュラー将軍によって作成され、当初は全ての政治将校を射殺するという過激な内容でした。しかし、国防軍最高司令部は、1917～1918年のドイツ国内でのソ連政治将校の活動が革命に影響を与えたとの懸念から、指令に修正を加えました。ブラウヒッチュ将軍は、指令の遂行における規律を重視するよう修正を加え、最終版は6月6日に発令されました。しかし、配布範囲は限られ、下部組織への伝達は口頭で行われるなど、極秘裏に進められました。

コミッサール指令の実行状況については議論があります。歴史家ユルゲン・フェルスターは、多くのドイツ軍将官の回想録が指令を実行しなかったと記していることから、指令が広く実行されたとは言い切れないと主張しています。しかし、マンシュタイン元帥のように、戦後に指令への従事を否定しながらも、実際には指令を実行し、戦後、その罪で有罪判決を受けた将官もいました。つまり、多くの将官が指令を実行したことは事実であり、その結果、無数の政治将校が犠牲になったことは間違いありません。

指令の撤回とニュルンベルク裁判

1941年9月、一部指揮官から指令の緩和を求める声が上がりましたが、ヒトラーはこれを拒否しました。しかし、指令は赤軍の士気を高め、ドイツ軍への投降を減らすという負の側面も持ち、1942年5月に撤回されました。

戦後のニュルンベルク裁判では、コミッサール指令は主要な争点となりました。ヒトラーの違法命令を、ドイツ軍将官がどの程度認識していたのか、そしてそれに従う義務があったのかが、徹底的に問われたのです。

まとめ

コミッサール指令は、独ソ戦におけるナチス・ドイツの残虐性を象徴する出来事の一つです。国際法を無視したこの指令は、戦争犯罪として後世に語り継がれ、現代においても、戦争における人道と法の重要性を問いかける重要な歴史的教訓となっています。

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