ゴードン・ベル賞

ゴードン・ベル賞とは

ゴードン・ベル賞（Gordon Bell Prizes）は、高性能計算（HPC）分野において、実際の応用計算で達成された卓越した性能と、その背後にある計算科学における顕著な成果を顕彰する権威ある賞です。アメリカ計算機学会（ACM）が主催し、計算機技術の著名な先駆者であるゴードン・ベル氏が後援しています。選考はACMと米国電気電子学会（IEEE）の合同審査委員会によって厳格に行われ、毎年秋に開催される高性能計算に関する世界的な会議、スーパーコンピューティング・カンファレンス（Supercomputing Conference; SC）の会場で受賞者が発表され、賞が授与されます。

歴史と目的

この賞は、並列計算のパイオニアとして知られるゴードン・ベル氏（元DEC副社長）が、高性能計算、特に並列計算技術の進展を促進することを目的として1987年に創設しました。当初はベル氏が個人的に主催し、受賞チームには自身のポケットマネーから1000ドルが贈られていました。しかし、その重要性が認識されるにつれて、2006年からはACMの正式な賞となり、2011年以降はACMから1万ドルの賞金が授与されるようになっています。当初は並列計算を用いた研究が主な対象でしたが、次第に高性能計算全般における応用計算の成果を広く評価する賞へと発展しました。

賞の意義と特徴

ゴードン・ベル賞が一般的なスーパーコンピュータの性能ランキング評価（HPLやHPCGのようなベンチマーク実行によるもの）と大きく異なるのは、ベンチマーク性能ではなく、実際の科学技術計算などの応用アプリケーションを実行した際に達成された最高の実測性能や、その応用計算がもたらす科学的・工学的価値を重視する点です。高性能計算技術を具体的な科学分野に応用し、そこで高い計算性能を達成したプロジェクトやチーム、その関連研究者に対して贈られます。計算科学や計算機科学における革新的な手法やアルゴリズム開発といった側面も評価対象となります。

選考プロセス

ゴードン・ベル賞の受賞者は、世界中から応募される論文の中から選ばれます。まず審査委員会による予備審査を経て、最終選考の対象となるファイナリストが数件選出されます。ファイナリストに選ばれたチームは、毎年11月に開催されるSupercomputing Conferenceの会場で、自身の研究成果についてプレゼンテーションを行います。このプレゼンテーションの内容や質疑応答を経て、最終的にその年度のゴードン・ベル賞受賞者が決定されます。

特設賞の存在

ゴードン・ベル賞は、特定の年度や状況に応じて特別な賞を設けることがあります。例えば、2010年には「最高性能賞（Peak Performance）」、「価格性能賞（Price/Performance）」、「特別賞（Special Achievement）」の3部門が設けられました。2011年にはこれらに加えて「奨励賞（Honorable Mention）」が特設され、ファイナリスト全員が何らかの形で表彰されました。また、2020年からはCOVID-19の研究支援として「COVID-19研究特別賞」が設けられています。これらの特設賞の受賞者も、本賞の受賞者と同等に高く評価されています。

創設の哲学

この賞の創設には、高性能計算、特に超並列化の実現可能性に対する挑戦という意味合いも込められています。アムダールの法則が示すように、計算全体の並列化できない部分が性能向上の限界を定めるという考え方に対し、ゴードン・ベル氏自身や、ジョン・カープ氏、シーモア・クレイ氏といった当時の著名な計算機科学者たちの間で、超並列計算の実用性について懐疑的な見方も存在しました。ゴードン・ベル賞は、そうした状況下で、並列計算技術が実際の応用においてどれだけの性能を発揮できるかを示すための「コンペティション」として始まった側面もあると言われています。

日本からの主な受賞例

日本の研究機関や大学も、過去に幾度かゴードン・ベル賞を受賞しています。代表的な例としては、

1999年：東京大学のGRAPE-5システムが、その優れた価格性能比を評価され、価格性能比部門を受賞しました。
2002年：当時の宇宙開発事業団（NASDA）の地球シミュレータを用いた研究が複数の部門で受賞する快挙を達成しました。「全球大気大循環シミュレーション」で最高性能賞、「自動並列化コンパイラHPFを使った核融合シミュレーション」で言語賞、「フーリエスペクトル法による乱流の直接数値計算」で特別賞を受賞しています。
2003年：東京大学と国立天文台が開発したGRAPE-6を用いた計算が、当時の世界最高速となる実効性能を達成し、特別賞を受賞しました。
2004年：海洋研究開発機構の陰山聡氏による、地球シミュレータを用いた地磁気ダイナモシミュレーションの研究が最高性能賞を受賞しています。

これらの受賞は、日本の高性能計算技術および計算科学研究の水準の高さを示すものです。ゴードン・ベル賞は、高性能計算のフロンティアを切り拓き、科学技術の発展に貢献する研究者たちにとって、最も栄誉ある目標の一つであり続けています。

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