ゴーメンガースト

『ゴーメンガースト』シリーズ

マーヴィン・ピークによって紡がれた『ゴーメンガースト』は、独特のゴシック・ファンタジー世界を構築する小説シリーズであり、その中核を成すのは同名の巨大な城塞です。この物語は、表面的な筋書き以上に、閉鎖された環境で繰り広げられる儀式的な生活、奇怪な登場人物たちの生態、そして主人公の成長と葛藤を深く掘り下げています。

作品構成

『ゴーメンガースト』シリーズは、一般的に以下の三部作として認識されています。

『タイタス・グローン』 (Titus Groan, 1946年刊)
『ゴーメンガースト』 (Gormenghast, 1950年刊)
『タイタス・アローン』 (Titus Alone, 1959年刊)

これらの主要三作に加え、タイタスが登場しないものの世界観を共有する中編「闇の中の少年」(Boy in Darkness, 1956年刊)も存在します。作者ピークは、主人公タイタス・グローンの生涯を年代記として綴ることを意図しており、当初の構想ではさらに二作品が予定されていましたが、健康上の理由から未完に終わりました。ピークの没後、未亡人メーヴ・ギルモアが遺稿を元に『タイタス・アウェイクス』(Titus Awakes, 2011年刊)を執筆し、シリーズに新たな一章が加わりました。

ゴーメンガースト城

物語の舞台となるゴーメンガースト城は、単なる建造物というより、それ自体が一つの生命体のような存在です。中世の城郭と摂政時代の英国カントリーハウスが混ざり合ったような外観を持ちながら、その実態は独立した都市国家にも匹敵する規模と複雑さを誇ります。世代ごとに無計画に増築が繰り返された結果、城は不釣り合いな建物や構造が四方に突き出した、無秩序な迷宮と化しています。内部には書庫や大台所、彫刻展示室、食堂、学校といった一般的な施設に加え、数えきれないほどの隠し部屋や秘密通路が存在し、古くからの住人でさえその全体像を把握することは困難です。この城の持つ奇怪で閉鎖的な性質は、しばしば他のフィクション作品においても無秩序に拡大した巨大建築物の象徴として引き合いに出されます。

城における日常生活は、厳格かつ難解な儀式によって支配されています。特に、伯爵家当主はこれらの伝統的な儀礼を遵守することに日々の大半を費やさねばなりません。主人公タイタスが、この重苦しい伝統と城そのものに対する畏敬と同時に抱く反抗心は、シリーズを通して重要なテーマとして描かれます。

城内の特筆すべき場所としては、選り抜きの彫刻が並ぶ「七色の彫刻の広間」、広大な「踊り場」、肖像画の後ろに覗き穴を持つ「八角部屋」、多数の白猫が集まる「猫の間」などがあります。伯爵家の子が育つ「西翼」にはタイタスやフューシャの部屋があり、城の深部には伯爵が読書に耽る「書庫」、料理人たちが働く「大台所」、伯爵家の命名式が行われる「涼しの間」など、それぞれの部屋が独自の雰囲気と役割を持っています。城壁の外側には、彫刻師たちが暮らす「〈外〉の街」が広がっており、城とは異なる生活様式を見せています。

主要登場人物

タイタス・グローン：シリーズの主人公。ゴーメンガースト伯爵家の後継者として生まれながら、城の伝統と外の世界への憧れの間で揺れ動き、最終的に城を離れることを選ぶ。
セパルクレイヴ：タイタスの父。第76代伯爵。陰鬱な性格で、伯爵としての義務に縛られ苦悩する。読書を唯一の慰めとしていたが、書庫焼失を機に狂気に陥り、悲劇的な最期を迎える。
ガートルード：タイタスの母。巨大な体躯と暗赤色の髪を持つ伯爵夫人。人間関係や城の伝統には関心を示さず、大量の猫や鳥に囲まれて過ごす。しかし、その内には鋭い知性を秘めており、城内の異変に気づき調査に乗り出す。
フューシャ：タイタスの姉。感情豊かで、時に自己中心的だが根は優しく、タイタスを深く愛する。
コーラとクラリス：タイタスの伯母にあたる双子。心身に障がいを持ち、知性には乏しい。権力への渇望からスティアパイクの陰謀に利用される。
スティアパイク：大台所の雑用係から狡猾な手段で城の権力構造を駆け上がっていく若者。冷酷で目的のためなら手段を選ばず、陰謀を巡らせて多くの人物を破滅に追いやる。タイタスの宿敵となる。
フレイ：セパルクレイヴ卿の忠実な従僕。城の規則を絶対視するが、タイタスやフューシャには愛情を示す。追放後も城を見守り、スティアパイクの正体を暴こうとする。
アルフレッド・プルーンスクワラー：城付きの医師。甲高い笑い声と芝居がかった言動の奇人だが、聡明で人情深い。ガートルードからの信頼が厚いが、スティアパイクを見誤る失策を犯す。
アバイアサ・スウェルター：肥満体で残忍な料理長。フレイとの間に深い確執がある。
バーケンティン：儀典長。父の跡を継ぎ、城の厳格な儀式を司る。片足が不自由で醜悪だが、伝統への執着は強い。
七色の彫刻師：城外に住む人々。優れた彫刻技術を持ち、年に一度作品を城に納める。
ケダ：七色の彫刻師の一人。タイタスの乳母を務めた。
〈やつ〉：ケダの娘。追放され野生化し、タイタスが外の世界の象徴として惹かれる存在となる。

その他にも、多くのユニークな人物たちが、この奇怪な城の中でそれぞれの役割を演じています。

日本語訳と映像化

マーヴィン・ピークの『ゴーメンガースト』シリーズは、日本でも創元推理文庫より浅羽莢子氏の訳で出版され、その特異な世界観が紹介されました。未亡人による続編『タイタス・アウェイクス』も井辻朱美氏の訳で刊行されています。

また、2000年にはBBCによってテレビシリーズとして映像化され、ジョナサン・リース＝マイヤーズがスティアパイクを演じるなど、多くの俳優が出演しました。これにより、小説の世界が視覚的にも表現されています。

『ゴーメンガースト』は、その詳細極まる描写と、閉鎖社会における人間心理の探求、そしてゴシック的な雰囲気によって、今なお多くの読者を魅了し続けている文学作品です。

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