サルバドール・バカリッセ

サルバドール・バカリッセ

スペインに生まれ、激動の時代を生きた作曲家サルバドール・バカリッセ（Salvador Bacarisse）は、1898年9月12日に首都マドリードで誕生しました。彼は音楽の道を志し、王立マドリード音楽院で専門的な教育を受けました。そこで、ピアノの腕をマヌエル・フェルナンデス・アルベルディのもとで磨き、作曲技法をコンラッド・デル・カンポに師事しました。

音楽院での学びを終えたバカリッセは、当時のスペイン音楽界において重要な役割を担う存在となっていきます。彼は、保守的な音楽傾向が主流であった時代にあって、より革新的で現代的な音楽表現を追求する若手作曲家たちの中心的人物の一人でした。フランスの作曲家グループ「フランス6人組」の思想に触発され、スペインでも新しい音楽の創造と普及を目指して結成された「スペイン8人組」において、バカリッセはその核となるメンバーとして積極的に活動を展開しました。

また、バカリッセは作曲活動と並行して、1936年までラジオ協会の芸術監督という要職を務めていました。この立場を通じて、彼は当時まだ一般的ではなかった新しい音楽作品や、実験的な試みを取り入れた作品をラジオ放送に乗せることで、より多くの人々に紹介することに尽力しました。彼のこうした活動は、保守的な傾向が強かったスペインの音楽環境において、新しい風を吹き込み、音楽文化の多様性を広げる上で大きな意味を持っていました。

しかし、彼の人生はスペインの厳しい政治状況に翻弄されることとなります。1936年に勃発したスペイン内戦は、社会を深く分断しました。内戦終結後の1939年、フランシスコ・フランコ将軍率いる権威主義的な軍事政権が成立します。自由主義的な考えを持っていたバカリッセは、この新体制を受け入れることができず、故国スペインを離れるという苦渋の決断を迫られました。彼はフランスへと亡命し、その後はパリを拠点に活動を続けることになります。

亡命後のバカリッセは、慣れない異国での生活の中で作曲活動に専念しました。スペインを離れたことは彼の音楽に少なからず影響を与えたと考えられますが、彼はその生涯を閉じる1963年8月5日まで、パリで創作活動を続けました。

バカリッセが遺した作品は多岐にわたります。ピアノ独奏曲、室内楽作品のほか、オペラ、管弦楽曲、そして複数の協奏曲があります。協奏曲としては、4曲のピアノ協奏曲やヴァイオリン協奏曲が知られています。オペラ作品の中では、『ボアブディルの宝石』が特に注目され、1958年にフランスラジオ賞を受賞するなど、高い評価を得ました。

現在、彼の作品の中で最も広く知られ、演奏される機会が多いのは、1952年に作曲された「ギター小協奏曲イ短調」でしょう。この作品は、当時の現代音楽の主流からは一歩距離を置いた、新ロマン主義的なスタイルで書かれています。抒情的で歌心のある旋律、温かみのあるハーモニーが特徴であり、スペインの国民的な楽器であるギターの魅力を存分に引き出しながら、オーケストラとの間で美しい対話が展開されます。この作品は、ギター協奏曲の重要なレパートリーの一つとして、今日でも多くの聴衆に愛されています。

サルバドール・バカリッセの生涯は、音楽への情熱と、時代の政治的激動の中で自己の信念を貫いた強さによって彩られています。新しい音楽の可能性を追求し続けた彼の功績は、今もなお色褪せることはありません。

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