サロメ (ティツィアーノ、プラド美術館)

ティツィアーノ作『サロメ』：悪の勝利と誘惑の美

ティツィアーノ・ヴェチェッリオが1555年頃に制作した油彩画『サロメ』は、聖書に登場するヘロディアの娘サロメを主題としています。この作品は、洗礼者ヨハネの首を盆に載せて持つサロメの姿を描いており、その大胆な構図と官能的な表現が特徴です。

作品の詳細

サロメは、ティアドロップの耳飾りや真珠の髪飾りなど、豪華な宝飾品と衣装で身を飾っています。彼女のポーズは、まるでダンスを踊っているかのようで、その優美な姿は見る者を魅了します。しかし、彼女の表情は自身の罪に対する恐れを全く感じさせず、むしろ盆を持ち上げる大胆な仕草は、悪の勝利を宣言しているかのようです。画面の外側に視線を投げかける姿は、見る者を誘惑するようでもあります。

初期の作品と比較すると、構図はシンプルになっています。侍女や背景の建築的モチーフが省かれたことで、暗闇の中で盆を持つサロメの姿がより際立っています。初期の作品では安定した三角形の構図が用いられていましたが、本作品ではサロメの身体の動きが画面にダイナミズムを与えています。また、この作品の不吉な雰囲気は、ヴェネツィア派特有の豊麗さや静謐さとは対照的です。

盆から垂れ下がるヨハネの黒い髪がサロメの白い肌を撫でている点は、初期のバージョンと共通する官能性を感じさせます。また、ヨハネの首は、1557年のティツィアーノの『キリストの埋葬』に描かれたキリストの頭部と類似している点が指摘されています。

ドーリア・パンフィーリ美術館所蔵の初期のバージョンでは、侍女が描かれ、その侍女はユディトである可能性も指摘されています。しかし、本作品には下女は描かれておらず、豪華な衣装をまとった女性が描かれていることから、この女性が王族であるサロメであることは疑いようがありません。

モデルについては、ティツィアーノの娘ラヴィニアとする説が有力です。ジョヴァンニ・バティスタ・カヴァルカゼルとジョゼフ・アーチャー・クロウは、『旗を持つ若い女』との類似性を指摘し、ラヴィニアをモデルにしたと主張しました。しかし、ハロルド・エドウィン・ウェゼイは両作品の女性像の相貌の差異を指摘し、この説に反対しています。

図像の源泉

図像そのものは、ベルリン絵画館所蔵の『果物皿を持つ若い女』のヴァリアントであり、盆に載った果物をヨハネの首に置き換えたものです。『果物皿を持つ若い女』の方がより早い時期に描かれたとされていますが、ウェゼイは反対意見を述べています。

複製と模写

本作品は人気を博したらしく、様々な複製や模写が存在します。ティツィアーノ自身も、盆の上に置かれた物を変えることで、主題の異なる作品を制作しています。また、ティツィアーノの助手であったジローラモ・ダンテは、デトロイト美術館に所蔵されている『ニンフとサテュロス』を描いています。

来歴

本作品は、1607年にスペインのレルマ公爵家のコレクションに加わる以前の来歴は不明です。1623年にイングランド国王チャールズ1世の手に渡りましたが、チャールズ1世が処刑された後、レガネス侯爵家を経て、1666年にスペインの王室コレクションに加わりました。マドリードのアルカサル宮殿のインベントリには、1666年と1734年に記録されています。その後、ブエン・レティーロ宮殿と新王宮で飾られ、1850年にプラド美術館に移されました。

まとめ

ティツィアーノの『サロメ』は、その大胆な構図と官能的な表現で、見る者を魅了します。サロメの美しい姿と、彼女が持つ悪の象徴である洗礼者ヨハネの首との対比は、この作品を一層魅力的なものにしています。また、本作品は、その人気ゆえに多くの複製と模写を生み出し、後世の芸術家たちにも影響を与えました。

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