ザ・フライ (曲)

ザ・フライ (The Fly)

1991年にリリースされたU2の楽曲「ザ・フライ」は、同年に発表されたアルバム『アクトン・ベイビー』に先駆けてシングルとして発売されました。この曲は、U2にとってイギリスのシングルチャートで2度目の首位を獲得した、バンドのキャリアにおける重要な節目となる作品です。

楽曲の誕生と音楽性

この楽曲は、ベルリンでのアルバム制作を経て、ダブリンに戻ってから具体的な形になりました。元々は「Lady With the Spinning Head」という曲の一部でしたが、後に「The Fly」、「Ultraviolet (Light My Way)」とともに3つの楽曲に分割された経緯を持ちます。

「ザ・フライ」の大きな特徴は、それまでのU2のサウンドとは異なる、ファンクのリズムを取り入れている点です。ニューヨーク・タイムズ紙の批評家、ジョン・パレレスは、1991年11月17日付の記事で、この曲を「まるでボ・ディドリーやジェームス・ブラウンから教えを受けたかのような、シンコペーションを用いたダンス・ソング」と評しています。また、ヒップホップやインダストリアルミュージックの影響、特にボノが好むPixiesからの影響も色濃く、メンバー自身が「4人の男が『ザ・ジョシュア・トゥリー』をなぎ倒す音」と表現するほど、従来のサウンドからの変革を遂げた楽曲でした。

「The Fly」というキャラクター

楽曲制作の過程で、ボーカルのボノは衣装係が持ってきた大きなサングラスをかけ、目に映るものを言葉にする遊びをしていました。この行為から、別人になりきるというアイデアが生まれ、楽曲のテーマへと繋がります。さらに、衣装係から借りたワード・アーティスト、ジェニー・ホルツァーの作品からもインスピレーションを受け、「嘘つきは誰も信じない」「友とは期待を裏切る者」といった、ホルツァーのようなアフォリズム（警句）を書き始めます。これらはボノの本心ではなく、あくまで演じるキャラクターのセリフであり、これが「The Fly」の基本的なアイデアとなりました。最終的に「The Fly」は、ロックンロール・ピアニストのジェリー・リー・ルイス、ロック歌手のジム・モリスン、そしてテレビ伝道師のジミー・スワガートといった個性的な人物を合わせたようなキャラクター像となり、そのペルソナは「Zoo TVツアー」でも重要な役割を果たしました。端的に言えば、「The Fly」とは、エゴイスティックなロックスターを皮肉ったパロディなのです。

ボーカルとライブパフォーマンス

この曲は、ボノが初めてファルセット（裏声）を使用した楽曲としても知られています。特にサビの部分は、ファルセットと地声のボーカルが組み合わされています。ライブでは、ギタリストのジ・エッジがファルセットパートを担当することが多く、その様子はライブ映像作品『ZOO TVツアー〜ライヴ・フロム・シドニー』などで確認できます。

受容と成功

ヒップホップやインダストリアルといった新しい要素を取り入れたサウンドが、従来のU2ファンに受け入れられるかについて、メンバーは当初確信を持てませんでした。しかし、一部のファンからの拒否反応はあったものの、概ね暖かく迎えられました。さらに、これまでU2にあまり興味を示さなかったオルタナティブ・ロックのリスナー層からの支持も獲得しました。その結果、「デザイアー」に続いて2作目の全英シングルチャート1位を獲得し、シルバーディスクも獲得するなど、商業的な成功を収めました。ボノはこの曲を「地獄からの電話」と表現しています。

楽曲リリース前にこの曲を聴いたデヴィッド・ボウイは、メンバーに「作り直せ」とアドバイスしたというエピソードも残っています。また、メンバー自身も、ライブで演奏する際にバンドがこの曲を完全に消化し、しっくりくるようになったのは、後年の「Vertigoツアー」の頃だったと振り返っています。

プロデュース

楽曲のプロデュースはダニエル・ラノワが単独で行いました。アルバム『アクトン・ベイビー』では共同プロデューサーを務めたブライアン・イーノは、この曲に関してはスペシャル・サンクスとしてクレジットされています。

ミュージックビデオ

「ザ・フライ」のミュージックビデオは、リッチー・スマイスとジョン・クレインが共同で監督を務めました。当時まだ駆け出しだったリッチー・スマイスにとって初期の重要な仕事となり、後のアイルランドを代表する映像作家への道を開きました。ビデオの制作はアルバムの完成が迫る中で急ピッチで行われ、ダブリンでバンドのパフォーマンスをスマイスが、ロンドンでコンセプトシーンをクレインが撮影するという分業体制が取られました。ロンドンでのロケ地には、ピカデリー・サーカスやソーホーのパブなどが使用されています。制作プロデューサーのネッド・オハンロンは、アルバムのミックス作業とビデオ編集が同じ建物で行われていた当時の熱狂的な雰囲気を語っています。

ビデオ冒頭には「The Lounge Fly Mix」の一部が使用され、ピカデリー・サーカス周辺をボノが歩くシーンがありますが、これは人目を避けるため建物の屋上から撮影されたもので、オンエア時にはしばしばカットされました。

一方で、このビデオについては、同時期に発表されたヴァン・ヘイレンの「Right Now」のビデオとの類似性や、楽曲にも影響を与えたジェニー・ホルツァーが、ビデオ内のメッセージが自身の作品からの盗用であると主張するなど、盗作疑惑も指摘されました。例えば、ビデオの「The Future Is a Fantasy」というメッセージはホルツァーの「The Future Is Stupid」に、また「Ambition Bites the Nails of Succes」は「Ambition Is Just as Dangerous as Complacency」というメッセージに酷似しているというものでした。これに対し、関係者はポップカルチャーにおける「影響」の範疇であるとして反論しています。

シングル収録曲（B面）

7インチ・シングルや8cmCDシングルには、表題曲「ザ・フライ」に加え、「アレックス・ディセンズ・イントゥ・ヘル - Alex Descends into Hell for a Bottle of Milk / Korova 1」が収録されました。この曲は、『アクトン・ベイビー』のレコーディングが始まる前に、ボノとジ・エッジがロイヤル・シェイクスピア劇団の舞台版『時計じかけのオレンジ』のために書き下ろしたものです。エッジは作曲依頼を受けた際、舞台監督に「ヒット曲を書くのは苦手だが良いか」と伝えたというエピソードがあります。原作者のアンソニー・バージェスはこの曲を気に入らなかったようですが、U2にとっては初めて外部との共同作業であり、バンドの世界観を広げる経験となったとエッジは語っています。この曲は後に、北野武とキアヌ・リーブスが出演した1995年のアメリカ映画「JM」でも使用されました。

12インチ・シングルや12cmCDシングルには、さらに「ラウンジ・フライ・ミックス - The Lounge Fly Mix」が追加収録されています。このミックスは原曲とは歌詞が異なり、よりトリップホップ的なサウンドが特徴で、ミュージックビデオのイントロの一部にも使われています。

評価

「ザ・フライ」はリリース後、高い評価を受け、様々なリストに選出されています。

1991年 NME年間ベストシングル50 第26位
1997年 Mojo読者が選ぶ90年代ベストソング100 第38位
2004年 Qマガジンが選ぶ持っておくべき1010曲：エアギター50 選出
2012年 Qマガジンが選ぶベストソング1001 第875位
* チャンネル４が選ぶオールタイムUKナンバー１ヒット100 第78位

2010年には、スピン誌の「過去25年間のベスト・アルバム125」で『アクトン・ベイビー』が1位に選ばれ、その記事の中で「ザ・フライ」は「ロック・スターが自身のことを嘘つきで盗人と告白するという主題が共感された」と評されました。

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