シッディナラシンハ・マッラ

シッディナラシンハ・マッラ（Shidhinarasingha Malla、生年不詳 - 1710年）は、17世紀のネパールにおいて栄えた都市国家、パタン・マッラ朝の初代君主です。彼の在位期間は1619年から1661年に及び、その治世は隣接するカトマンズ王国との緊張関係や、新興勢力との外交など、多難な時代でした。しかし、彼は巧みな手腕と民衆の支持を得て、独立したパタン王国の礎を築き上げました。

幼少期と王位継承

シッディナラシンハは、当時パタンを統治していたカトマンズ王国の王太子、ハリハラシンハ・マッラの次男として生まれました。父の死後、彼は母と共にパタンへと移り住むことになります。一方、兄であるラクシュミーナラシンハ・マッラは、祖父でありカトマンズ王であったシヴァシンハ・マッラと共にカトマンズに留まりました。このような状況下、1619年にパタンの有力な重臣たちが一堂に会し、当時まだ12歳であったシッディナラシンハを新たな王として擁立することを決定しました。この出来事により、カトマンズ王国の影響下から脱却したパタンは独立王国となり、シッディナラシンハが初代君主としてパタン・マッラ朝が創始されたのです。

カトマンズ王国との確執と外交

即位したシッディナラシンハが最初に取り組んだのは、依然として強大な隣国であるカトマンズ王国との関係でした。当時のカトマンズ王位は兄ラクシュミーナラシンハが継承していましたが、シッディナラシンハは彼の優柔不断な統治ぶりを目の当たりにし、パタンの独立性を守るための積極的な行動に出ます。彼は東方のバクタプル王国と同盟を結び、連携してカトマンズへの圧力を強めました。その結果、パタンはカトマンズに対し、互いに敵対する場合でも友好的な関係を築く場合でも、常に同一の行動をとるべし、という拘束力の強い友好条約の締結を強要することに成功しました。これは、カトマンズの外交政策に大きな制約を課すものでした。

しかし、カトマンズの王位がラクシュミーナラシンハの息子であるプラターパ・マッラへと移ると、事態は再び緊迫します。プラターパは、父の時代にパタンに強いられた屈辱的な状況を覆そうと、パタンへの攻撃を画策し始めたのです。

ゴルカとの連携と民衆の力

プラターパ・マッラ王からの脅威に対抗するため、シッディナラシンハは外交による防衛網を構築します。1628年頃、彼は当時、カトマンズ盆地への進出をうかがっていた山間部の新興勢力、ゴルカ王国のラーム・シャハ王をパタンに招き、両国の間に緊密な友好関係を樹立しました。

この外交努力は、後の危機において実を結びます。1637年には、ついにプラターパ・マッラ王率いるカトマンズ軍がパタンに向けて進攻を開始しました。この時、パタンとの盟約に基づいて、ゴルカ王国からはダンバル・シャハ王率いる援軍が派遣されました。しかし、残念ながらゴルカの援軍は敵の前に敗れてしまいます。絶体絶命の危機に瀕したパタンでしたが、ここで立ち上がったのは都市の民衆でした。市民たちは自発的に武器を取り、一丸となって侵攻軍に立ち向かい、見事にこれを撃退することに成功したのです。この出来事は、シッディナラシンハの治世が、王自身の手腕だけでなく、国民の強い支持と協力に支えられていたことを示しています。

晩年と隠遁生活

長年にわたりパタンの王として君臨し、王国を安定に導いたシッディナラシンハでしたが、晩年には家族内の問題に直面します。1661年、彼は後継者として期待していた最愛の息子、シュリーニヴァーサ・マッラが自らに反抗する動きを見せたことを知ります。父子の間の深刻な対立を避け、王国の混乱を防ぐため、シッディナラシンハは息子に王位を譲ることを決断し、自ら退位しました。

王位から退いた後、シッディナラシンハはネパールを離れ、遠くインドの聖地として知られるヴァーラーナシー（現在のバラナシ）へと旅立ったと伝えられています。彼はそこで静かな隠遁生活を送ったとされ、1710年にヴァーラーナシーの地で、波乱に満ちたその生涯を終えたとされています。

シッディナラシンハ・マッラは、パタン・マッラ朝の創始者として、そして隣国との厳しい関係の中でパタンの独立と発展を守った君主として、ネパールの歴史において重要な位置を占めています。

参考文献:
佐伯和彦『ネパール全史』明石書店、2003年。

関連項目:

マッラ朝
パタン

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