シネトラクト

1968年、フランスを揺るがした五月革命。その渦中で制作された『シネトラクト (Les Cinétracts)』は、2分30秒程度の短編映画41本からなる、現代映画史において特異な存在です。

この作品群の背景には、映画作家たちの政治的・社会的な関与がありました。1967年、クリス・マルケルとジャン＝リュック・ゴダールは、ドキュメンタリー作家ブリュノ・ミュエルらと共に「メドヴドキン集団」を結成。フランスの企業における労働争議を記録し、労働者の声を代弁するドキュメンタリー映画を制作していました。

翌1968年、パリのシネマテーク・フランセーズ館長更迭という事件が勃発。多くの映画人が抗議活動を行い、「シネマテーク擁護委員会」を結成しました。マルケルとゴダールもこの運動に参加し、抗議活動は成功を収めます。さらに同年5月には、カンヌ国際映画祭の上映と審査の中止を求める映画人の集団行動にゴダールが参加、映画祭を事実上粉砕しました。

こうした政治的・社会的なうねりの最中に発生した五月革命。その混乱と熱気を、マルケル、ゴダール、アラン・レネといった著名な映画作家たちは、16ミリフィルムを用いたサイレント映画という形で表現することを選びました。それが『シネトラクト』です。

『シネトラクト』は、音声トラックを持たず、白黒フィルムによるサイレント映画です。監督名や出演者名は一切クレジットされておらず、匿名性という手法を用いて制作されました。およそ100フィートの長さを持つそれぞれの作品は、ビラのように街に配布され、上映されました。革命の瞬間に寄り添うかのように、人々の目に触れたのです。

ゴダールは複数の作品に参加しており、その一部は英国映画協会（BFI）で閲覧可能です。『シネトラクト023』は、イーストマンの16ミリネガフィルムのパッケージに「film tract 23」と殴り書きされたショットから始まり、その即興性と粗削りな作風は、革命のエネルギーをそのまま反映しているかのようです。

『シネトラクト』は、単なる映画作品という枠を超えた存在です。五月革命という歴史的事件と密接に結びつき、映画作家たちの政治的姿勢、そして時代の激動を反映した作品と言えるでしょう。匿名性、サイレント映画という表現形式、そしてその制作背景は、現代においても多くの研究者や映画ファンを魅了し続けています。革命の熱気、時代精神、そして映画表現の可能性を探求する上で、欠かすことのできない貴重な記録と言えるでしょう。

『シネトラクト』は、五月革命という激動の時代における、映画作家たちの政治的関与と、その表現方法の革新性を示す、極めて重要な作品群として、映画史に刻まれています。 その匿名性と実験的な手法は、現代においても斬新であり、映画表現の可能性を改めて問いかけてくる、重要な作品と言えるでしょう。

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