シンド人

シンド人は、パキスタン南東部に位置するシンド州を主要な居住地とする民族集団であり、その一部は隣国インドにも暮らしています。彼らは独特の言語と豊かな文化を有しており、南アジアの歴史と社会において重要な役割を担っています。

歴史と地理

シンド地方は、古代インダス文明が栄えた地として極めて長い歴史を持っています。モヘンジョ・ダロなどの著名な遺跡が示すように、紀元前数千年前にすでに高度な都市文明が存在していました。インダス川の下流域に広がるこの地域は、肥沃な平野が広がり、古くから農業が営まれてきました。紀元後8世紀にアラブによる征服が行われたことを契機にイスラム教が伝来し、時間をかけてイスラム化が進みました。その後も、土着の王朝や様々な外来勢力の支配を経て、19世紀にはイギリス領インド帝国の一部となりました。シンド州の地理は多様で、インダス川沿いの豊かな農耕地帯、タル砂漠の一部、そしてアラビア海に面した沿岸部を含みます。

言語

シンド人の母語はシンド語（Sindhi）です。これはインド・アーリア語派に属する言語で、豊かな文学的伝統を持っています。パキスタンでは、主にアラビア文字を基にした表記法（ナスフ体）が公式に用いられています。一方、インドに居住するシンド人の間では、デーヴァナーガリー文字や、伝統的なシンド文字（フーダーバーディー体など）も使用されることがあります。地域や宗教によって、文字の使い分けが見られるのが特徴です。特にシャー・アブドゥル・ラティフ・ビターイーのような詩聖によって育まれたシンド詩は、民族の精神的な支柱となっています。

文化

シンド人の文化は、古代からの土着的な要素と、イスラム化以降のアラブやペルシャの影響、さらにはスーフィズム（イスラム神秘主義）の精神が融合した、多様で独自のものです。伝統的な音楽、詩、工芸品、そして生活様式にその特徴が現れています。

音楽と文学

シンド音楽は、メロディアスでしばしば哀愁を帯びた旋律が特徴です。スルタール（Surotul）やタンブールといった伝統楽器が用いられます。文学においては、詩が特に重要視され、宗教的なテーマから世俗的な物語まで幅広く詠まれています。スーフィー詩は、神への愛や人間の内面を探求するものが多く、人々に深い感動を与えてきました。

衣装と工芸

伝統的な衣装としては、男性はサルワール・カミーズにベストやターバンを合わせることがあり、女性はサルワール・カミーズやブラウスにロングスカート状のギャグラーなどを着用することがあります。特にアジャラック（Ajrak）と呼ばれる、藍色や赤色を基調とした複雑な幾何学模様や植物文様がブロックプリントされた綿布は、シンド文化の象徴的なアイテムです。その他にも、鏡細工や刺繍を施した布製品、陶器、木工品などが伝統的な工芸品として知られています。

生活様式と宗教

生活様式は地域環境に密着しており、インダス川沿いの農村部では農業が中心、都市部では商業や行政、産業が主体となります。宗教的には、大多数がイスラム教スンニ派を信仰していますが、スーフィズムの影響が強く、多くの聖者の廟（ダルガー）が人々の信仰を集めています。また、分離独立以前から居住する、あるいは後にインドから移住してきた少数のヒンドゥー教徒コミュニティも存在します。

1947年の分離独立と大規模な移動

1947年、イギリス領インドがインド連邦とパキスタンという二つの国家に分離独立したことは、シンド人に大きな社会的・歴史的な転換をもたらしました。国境線は主に宗教に基づいて引かれたため、イスラム教徒が多数を占めるシンド州はパキスタンの一部となりました。この政治的な変革は、シンドに住む人々の間に大規模な移動を引き起こしました。シンド州に古くから住んでいたイスラム教徒の多くはそのままパキスタンに留まりましたが、インド各地、特に北インドから大量のイスラム教徒がパキスタンの都市部に避難・移住してきました。彼らは「ムハージル（移民）」と呼ばれ、シンド州の人口構成に大きな影響を与えました。一方、シンド地方に長年暮らしてきたヒンドゥー教徒の多くは、宗教的な理由や将来への不安から、新たにインド連邦の一部となった地域、特に隣接するグジャラート州やマハーラーシュトラ州などへと移動しました。この移動は非常に困難を伴うものであり、多くの人々が故郷や財産を失い、新たな土地での生活をゼロから築くことを余儀なくされました。この出来事は、シンド社会におけるヒンドゥー教徒とイスラム教徒のコミュニティを大きく分断し、その後の社会構造や人間関係にも深い影響を残しています。

現代のシンド人

現在、シンド人はパキスタンにおける主要な民族集団の一つとして、社会、経済、政治、文化の各分野で活動しています。シンド語はパキスタン国内で公式に認められた州言語の一つであり、教育やメディアで使用されています。独自の文化遺産を維持し、次世代に継承しようとする取り組みが行われています。インドに渡ったシンド人コミュニティも、ディアスポラとして世界各地に散らばりつつも、その文化やアイデンティティを維持するための努力を続けています。シンド州は、分離独立後に流入したムハージルや他の民族グループと共に多様な社会を形成しており、多文化共生と民族間の関係構築が現代における重要な課題の一つとなっています。

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