ジェローム・バーコウ

ジェローム・バーコウ

ジェローム・H・バーコウ（Jerome H. Barkow）は、カナダを代表する人類学者であり、特に進化心理学という比較的新しい学問分野の確立と発展において、その黎明期から中心的な役割を果たしてきた人物です。彼の研究は、人間行動や文化の多様性を理解するために、生物進化論的な視点を取り入れることの重要性を一貫して提唱しています。

学術的背景とキャリア

バーコウの学術的な道のりは、心理学から始まりました。彼はまず、1964年にニューヨーク市立大学ブルックリン校で心理学の学位を取得しています。その後、分野を広げ、シカゴ大学に進学。1970年には、人間発達科学の領域で博士号を取得しました。この多様な学問的背景が、後に彼が人類学と心理学、そして生物学を結びつける研究を行う上での基盤となりました。

現在、バーコウはカナダのダルハウジー大学で社会人類学の教授として教鞭を執っています。また、イギリスのベルファストにあるクィーンズ大学に設置されている「文化と認知研究所」では、特別研究員（Honorary Research Fellow）としても活動しており、国際的な研究ネットワークの中で活発な交流を行っています。これらの所属機関において、彼は後進の指導にあたるとともに、自身の研究を深化させています。

主要な貢献と著作

ジェローム・バーコウは、その独創的な研究成果をまとめた一連の重要な著作を通じて、学術界に大きな影響を与えてきました。彼の研究の核心は、文化や社会的な行動といった、これまで主に社会科学的な視点からのみ語られてきた現象を、ヒトの進化の歴史の中で形成された心理的メカニズムの産物として捉え直すことにあります。

特に有名な著作としては、以下のものが挙げられます。

『Darwin, Sex, and Status: Biological Approaches to Mind and Culture』（1989年）：この単著において、バーコウは文化現象をダーウィニズム、すなわち自然選択の観点から分析するという視点を提示しました。性選択や地位を巡る競争といった生物学的な駆動力と、文化的な慣習や規範との関連性について考察しています。
『The Adapted Mind: Evolutionary Psychology and the Generation of Culture』（1992年、レダ・コスミデス、ジョン・トゥービーと共編）：この著作は、進化心理学分野の古典として、そして同分野を学術界に広く認知させる上で極めて重要な役割を果たしました。バーコウは、レダ・コスミデスやジョン・トゥービーといった、現在進化心理学の中心的人物である研究者たちと共に、ヒトの心が進化の過程で獲得された特定の機能（適応モジュール）を持つ複雑な計算システムであるという進化心理学の基本的な考え方を体系的に提示しました。本書は、心の構造や機能が、過去の狩猟採集環境における生存と繁殖の課題を解決するために自然選択によって形成されたものであると論じており、文化の多様性もそうした普遍的な心理メカニズムから生成されるものと捉えます。
* 『Missing the Revolution: Darwinism for Social Scientists』（2006年）：比較的新しい著作である本書では、バーコウは社会科学分野において、ダーウィニズム、特に進化心理学のような視点を取り入れることの重要性を改めて強調しています。多くの社会科学者が未だ生物学的な知見を十分に統合していない現状を「革命を見逃している」と表現し、学際的なアプローチの必要性を訴えています。

これらの著作を通じて、バーコウは、人間の文化や社会構造を理解する上で、ヒトという生物種が持つ進化的な基盤を無視できない要因として位置づけることを提唱しました。彼の視点は、人類学における文化相対主義的なアプローチに対し、普遍的なヒトの性質の存在を示唆するものであり、新たな議論を巻き起こしました。

進化心理学への影響とその意義

ジェローム・バーコウの研究は、人類学のみならず、心理学、社会学、さらには経済学や政治学といった広範な社会科学分野に対し、生物進化論的な視角を取り入れることの可能性と重要性を示しました。特に『The Adapted Mind』の成功は、進化心理学を一つの独立した学問分野として確立する上で決定的な貢献となりました。彼は、人間行動を理解するためには、遺伝的な基盤と環境的な要因が複雑に相互作用することを考慮する必要があるという視点を、学術界に根付かせることに尽力しました。

彼の提唱するアプローチは、例えば、配偶者選択、子育て、協調行動、競争、文化の伝播といった、人間の様々な行動パターンが、進化的な適応の結果としてどのように説明できるかを探求する道を開きました。もちろん、彼の考え方に対しては様々な批判や議論も存在しますが、それ自体が進化心理学という分野を活性化させ、より洗練された理論構築を促す要因となっています。

結論

ジェローム・バーコウは、カナダの著名な人類学者として、進化心理学の創設期からその中核を担い、人間行動や文化の生物進化論的理解を深める上で計り知れない貢献をしてきました。彼の精力的な研究活動と影響力のある著作は、学際的な視点から人間性を探求することの重要性を示しており、現代における人間科学の研究において、その功績は高く評価されています。彼の提唱する進化的な視点は、今後も様々な分野で人間理解のための重要な手がかりを提供し続けるでしょう。

関連項目

• - 進化心理学

外部リンク

• - Jerome Barkow's Professional Homepage

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