ジェームズ・キャッテル

ジェームズ・マッキーン・キャッテル：アメリカ心理学のパイオニア

ジェームズ・マッキーン・キャッテル（1860-1944）は、アメリカ合衆国における近代心理学の創成期を牽引した著名な心理学者です。アメリカで初めて心理学を専門とする教授職に就いた人物の一人として知られ、心理学を哲学から独立させ、自然科学と同等の実証的な学問分野としての地位を確立する上で極めて重要な役割を果たしました。

生い立ちと教育

キャッテルは1860年、ペンシルバニア州イーストンの裕福で由緒ある家庭に生まれました。父ウィリアム・キャサディ・キャッテルは長老派教会の牧師であり、後にラファイエット大学の学長を務めました。政治家である伯父を持つなど、恵まれた環境で育ちます。16歳で父の大学に入学し、イギリス文学と数学に秀でた才能を示しながら、4年後に首席で卒業しました。卒業後、修士号も首席で取得しています。

大学での学びを経て、彼は更なる知識を求めドイツへ留学します。ライプツィヒ大学では、「実験心理学の父」として名高いヴィルヘルム・ヴントに師事し、心理学研究こそが自身の天職であると確信しました。また、ゲッティンゲン大学でヘルマン・ロッツェの下でも学び、ジョンズ・ホプキンス大学のフェローシップを得て帰国しますが、後にヴントの助手として再びライプツィヒに戻ります。

ヴントとの共同研究は実り多く、この時期に知能に関する体系的な研究の礎が築かれました。キャッテルは、ヴントの指導の下で心理学論文を発表した最初のアメリカ人となり、1886年にはライプツィヒ大学で心理学分野の博士号（Ph.D.）を取得しました。

学術キャリアと心理学の確立

博士号取得後、キャッテルはイギリスのケンブリッジ大学で講師を務め、セント・ジョンズ・カレッジのフェローとなりました。その後アメリカに戻り、ペンシルバニア大学を経て、1891年にコロンビア大学に移り、心理学・人類学・哲学の学科長に就任しました。1895年にはアメリカ心理学会の会長も務めています。

キャッテルが心理学の研究を始めた19世紀後半、学術界では心理学が実験科学としての価値を十分に認められていませんでした。彼は、心理学が化学や物理学のように、厳密な実験手法によって探求されるべき正当な科学分野であると強く主張し、その確立に尽力しました。彼はヴントの実験心理学と、個人の差異に注目したフランシス・ゴルトンの研究手法をアメリカに紹介し、特に「メンタルテスト」という概念を導入するなど、応用可能な心理学の発展にも貢献しました。

研究活動とメンタルテスト

キャッテルの研究の中心の一つは、個人の差異の測定でした。ライプツィヒでのヴントの下での研究から、反応時間などの単純な精神過程の測定に取り組み、多数の論文を発表しています。

ペンシルバニア大学時代には、学生を対象に一連のテストを実施し、これを初めて「メンタルテスト」と称しました。このテストには、感覚の鋭敏さ、反応時間、記憶範囲などが含まれていました。コロンビア大学では、新入生全員にこのテストを義務付けました。キャッテル自身は、このテストで知能が測定できると信じていましたが、彼の教え子であるクラーク・ワイスラーが1901年に、テスト結果と学業成績との間に統計的な関連性が見られないことを示しました。このことから、キャッテルのメンタルテストは、後のビネー知能検査のような知能を測る尺度としては成功しませんでしたが、個人の心理的特性を数量的に測定しようとする試みとして、その後の心理測定学の発展に影響を与えました。

雑誌編集者としての活動

キャッテルはまた、著名な科学雑誌の編集者・発行者としても多大な影響力を行使しました。1894年には『サイコロジカル・レビュー』誌を共同で創刊しました。さらに、アメリカ科学振興協会（AAAS）の公式誌である『サイエンス』誌を買収し、約50年間にわたりその編集長を務めました。この間、『サイエンス』誌に心理学の実証的研究に関する記事を積極的に掲載することで、科学としての心理学の認知度と地位向上に大きく貢献しました。その他にも、『月刊ポピュラーサイエンス』や、その後継となる『サイエンティフィック・マンスリー』などの刊行に関わり、科学コミュニケーションの発展にも力を注ぎました。

優生学に関する見解

当時の多くの科学者と同様に、キャッテルの思想も優生学の影響を受けていました。彼はチャールズ・ダーウィンの進化論から示唆を受け、「個人の差異」の研究に傾倒しました。自身の研究から、科学者の父親は聖職者か教授である確率が高いことを見出し、自身の背景とも重ね合わせ、「継承された能力」の重要性を信じていました。一方で、環境要因の重要性も認識しており、「（良い遺伝子が）反応するために異常に適合していた状況に出会った」と述べています。彼の優生学に対する具体的な行動としては、自身の子供たちが大学教授や学者を親に持つ相手と結婚した場合に1000ドルを贈るというものがありました。

コロンビア大学からの解雇

キャッテルは、第一次世界大戦へのアメリカの参戦に対し、反対の姿勢を貫きました。特に徴兵制への公然とした批判が問題視され、1917年にコロンビア大学を解雇されました。この出来事は大きな波紋を呼び、後に大学における学問の自由と、不評な意見を保護するための終身在職権（テニュア）制度の確立を促す一因となったとされています。キャッテルは大学を訴え、数年後に和解金として年金を得ています。

その後の活動と晩年

大学を離れた後も、キャッテルは科学界における活動を続けました。1921年には、和解金を元手に、心理学の応用を目指すサイコロジカル・コーポレーションを設立しましたが、運営は他の心理学者に引き継がれました。彼は自身で出版会社（サイエンス・プレス社）を設立し、亡くなる1944年まで雑誌編集の仕事を精力的に続けました。

家族

1888年にイギリス人女性ジョセフィン・オーウェンと結婚し、7人の子供をもうけました。子供たちは自宅で両親から大学入学前の教育を受けました。家族もキャッテルの雑誌編集事業に関わっていたようです。娘のサイキ・キャッテルも心理学者となり、児童心理学の分野で活躍し、幼児向け知能テストを開発するなど、父の跡を継ぎました。

功績と影響

ジェームズ・マッキーン・キャッテルは、心理学を実験科学として確立し、個人の差異を定量的に測定する手法を導入したことで、アメリカ心理学の黎明期に決定的な影響を与えました。また、長年にわたる科学雑誌編集の仕事を通じて、心理学を含む科学全般の発展と普及に大きく貢献した、「アメリカ科学界の重鎮」として記憶されています。

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