ジェームズ・ヘックマン

ジェームズ・ジョセフ・ヘックマン

ジェームズ・ジョセフ・ヘックマン（James Joseph Heckman）は、1944年4月19日にアメリカ合衆国イリノイ州シカゴで生まれた、著名な経済学者です。現在はシカゴ大学の教授として、主に労働経済学と計量経済学の分野で活発な研究活動を展開しています。その学術的な功績は広く認められており、2000年には労働経済学の計量経済学的な分析手法を大きく進歩させたことが評価され、ノーベル経済学賞を受賞しました。

略歴

ヘックマン教授の学術的なキャリアは、多岐にわたる経験に裏打ちされています。

1965年にコロラド・カレッジで数学の学士号を取得。
その後、プリンストン大学に進み、1968年に経済学の修士号、1971年に博士号を取得しました。
初期はコロンビア大学で助教授、准教授として教鞭を執りました。
1973年からはシカゴ大学に移り、准教授、教授、特別功労教授を歴任し、現在も同大学を拠点としています。
また、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンやユニバーシティ・カレッジ・ダブリンでも教授職を務めるなど、国際的にも活躍しています。

主要な業績

ヘックマン教授の学術的な貢献は、特に計量経済学の分野で顕著です。その研究は、経済学における因果関係の分析手法に革新をもたらしました。

ヘックマンの二段階推定法（Heckit）：1978年の重要な論文で提案されたこの手法は、内生的な選択（セレクション・バイアス）の問題に対処するためのものです。これは、個人が特定の選択を行う際に、計量経済学者が観測できない個人的な要因が影響し、その選択に基づいてデータが得られる場合に生じるバイアスを補正するためのものです。この手法を用いることで、例えば、特定の訓練プログラムに参加した人と参加しなかった人との間で、もし参加しなかった人が参加した場合にどのような効果が得られたか（反実仮想）をより正確に推定できるようになり、政策評価や教育の賃金に対するリターン分析などに広く応用されています。

リターンの多様性：セレクション・バイアスへの分析に加え、ヘックマン教授は、従来の回帰分析で一定と仮定されがちな個人間の係数（リターン）が、実際には様々な集団や個人によって異なることに注目し、その多様性の重要性を強調しました。異なる集団における要因の影響度合いを考慮した分析手法も開発しています。

Treatmentモデルの精緻化：特定の介入（Treatment）の効果を評価するモデルに関する研究を、長年にわたり継続的に深めています。

研究スタイル：ヘックマン教授の研究は、現実の労働市場に関する深い洞察に基づいて問題意識を設定し、それを洗練された計量経済モデルによって定式化し、実際のデータを用いて実証的に分析するという三段階のアプローチが特徴です。このため、論文は詳細で長大になる傾向がありますが、その分析は非常に綿密です。論文の生産量も継続的に多いことで知られています。

構造モデルと操作変数法：ミクロ経済理論に基づいた構造モデルによる推計とその経済学的な解釈を重視しています。一方で、経済学的な基礎付けが明確でない操作変数法が安易に用いられることに対しては批判的な立場をとっています。また、傾向スコアマッチング法の精緻化など、統計学的な手法自体の発展にも貢献しています。

近年では、ノーベル賞受賞後の活動として、特に幼児教育や人生の早期段階での人的資本への投資が、個人の成功だけでなく社会全体の厚生に与える経済的・社会的な影響について、精力的に研究し、その重要性を強く提唱しています。

受賞歴

ヘックマン教授は、その優れた研究成果に対して数々の栄誉を受けています。

1983年：ジョン・ベイツ・クラーク賞
2000年：ノーベル経済学賞
2005年：労働経済学会 ジェイコブ・ミンサー賞（生涯業績）
2007年：アメリカ農業経済学会財団 セオドア・W・シュルツ賞
2016年：ダン・デイヴィッド賞

主な著書

単著、共著、共編著を含め、多くの重要な著作を世に送り出しています。

『Giving Kids a Fair Chance: A Strategy that Works』(MIT Press, 2013) - 邦訳『幼児教育の経済学』(東洋経済新報社, 2015)
共著『Inequality in America: What Role for Human Capital Policies?』(MIT Press, 2003)
共編著『Longitudinal Analysis of Labor Market Data』(Cambridge University Press, 1985)
* 共編著『Law and Employment: Lessons from Latin America and the Caribbean』(University of Chicago Press, 2004)

ジェームズ・J・ヘックマン教授は、計量経済学的手法の開発とその応用、特に労働経済学や人的資本の分野における深い洞察を通じて、現代経済学に計り知れない影響を与え続けている研究者です。

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