ジキル博士とハイド氏 (1920年のドイツ映画)

幻のドイツ表現主義映画『ジキル博士とハイド氏』：1920年の傑作と、失われたフィルム

1920年、ドイツで公開されたサイレント映画『ジキル博士とハイド氏（原題：Der Januskopf、英題：The Head of Janus）』は、ロバート・ルイ・スティーブンソンの同名小説を原作とする作品です。表現主義映画の先駆者として名高いF・W・ムルナウ監督が手掛けたことでも知られていますが、残念ながら現在ではフィルムが現存していません。しかしながら、幸いにも脚本や演出ノートが残されており、当時の映画制作の様子を垣間見ることができます。

この映画の制作には、後のドイツ映画史に大きな足跡を残す人物たちが関わっています。プロデューサーのエリッヒ・ポマーと脚本家のハンス・ヤノヴィッツは、ドイツ表現主義映画の代表作として名高い『カリガリ博士』にも携わった人物です。彼らの参加が、この『ジキル博士とハイド氏』に独特の雰囲気と深みを与えていることは想像に難くありません。

興味深いことに、1920年にはアメリカ合衆国でも同じ小説を題材とした映画『狂へる悪魔』が公開されています。両作品がほぼ同時期に制作・公開されたという事実は、当時のジキルとハイド物語の人気を物語っており、異なる国や文化においても、この物語が大きな共感を呼んでいたことを示唆しています。

キャストも魅力的です。主演のコンラート・ファイトは、ジキル博士とハイド氏を演じ分けたと推測されます。また、後にホラー映画のスターとなるベラ・ルゴシが博士の執事を演じている点も注目に値します。その他のキャストも、当時のドイツ映画界を支えた実力派俳優たちで構成されています。

現存する資料から、ムルナウ監督の演出に対するこだわりがうかがえます。例えば、脚本には博士が研究室への階段を登るシーンで、「カメラが彼について行くように」という詳細な指示が残されています。この指示は、当時の映画撮影技術において、カメラワークがいかに重要な役割を担っていたかを示す好例です。

残念ながら、フィルムが失われてしまったことは非常に残念です。しかし、残された脚本と演出ノートは、この失われた傑作の断片を私たちに伝えてくれます。それらの資料から、ムルナウ監督の斬新な映像表現や、当時のドイツ映画界の熱気、そしてジキルとハイドという不朽の物語の持つ魅力を、私たちは改めて感じることができるでしょう。

『ジキル博士とハイド氏』は、現存しないながらも、映画史における重要な作品として、その存在感を示し続けています。今後の研究によって、新たな発見や解釈が生まれる可能性も秘めており、これからも多くの人々を魅了し続けることでしょう。

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