ジプシー・ロッテ

ジプシー・ロッテ：流浪の5年間

プロ野球界において、「ジプシー・ロッテ」という言葉は、1973年から1977年の5年間、ロッテオリオンズ（現：千葉ロッテマリーンズ）が特定の球場を本拠地と定めず、各地を転々としていた時代を指す揶揄的な呼称として知られています。この期間、ロッテは首都圏や仙台など、各地で主催試合を開催し、まさに「流浪の民」のような状態でした。

本拠地喪失と仙台への進出

1972年オフ、ロッテは長年本拠地としていた東京スタジアムの閉鎖により、本拠地を失いました。翌1973年、ロッテは東京都を保護地域としたまま、首都圏の他球団の本拠地を間借りする形で試合スケジュールを組みました。しかし、球場の確保は難航し、後楽園球場、明治神宮野球場、川崎球場などを利用しても、半数以上の試合は開催地未定のままという状況でした。

このような中、宮城県仙台市の宮城球場（現：楽天モバイルパーク宮城）を本拠地とする案が浮上します。地元企業が出資したプロ野球興行会社「東北野球企業」が、年間25試合の主催試合を仙台で開催することを提案したのです。当時、ナイター設備を持つ球場が少なかった首都圏に比べ、仙台の宮城球場はロッテにとって魅力的な選択肢でした。この結果、1973年は登録上の保護地域は東京都のまま、実質的なホームを宮城とする変則的な形となりました。

宮城球場での開幕戦は5月22日、近鉄バファローズ戦でした。前夜祭には2万人以上が集まり、試合当日には3万3千人を超える観客が押し寄せ、ロッテは13-0で圧勝。この年、ロッテは宮城で26試合を開催し、金田正一監督の就任や村田兆治らの活躍もあり、観客動員数は前年の31万人から94万人に大幅増加しました。11月には、翌1974年から宮城県を本拠地とすることを発表。特例として、首都圏での試合数も確保することが承認され、1974年の開幕カードは宮城球場で開催されました。

過酷な移動と選手たちの苦悩

しかし、球団事務所や合宿所は東京都内に置かれたままで、選手たちは東京近郊から試合会場へ通う生活を強いられました。本拠地である仙台での試合の際も、選手たちはホテルに宿泊し、試合前後にユニフォームを着たまま移動するという、まるで地方遠征のような状況でした。主力選手だった山崎裕之は、「仙台が本拠地と言っても、ほとんど地方遠征と同じ。ホテル住まいで気は休まらなかった」と語っています。

当時のパ・リーグ球団の本拠地は、ロッテ以外は西日本に集中しており、移動は非常に過酷でした。特に、仙台から福岡への移動は、新幹線も直行便もないため、羽田空港を経由する必要があり、選手たちは家族と空港で着替えを交換するような状況でした。ある年には、1ヶ月で東京-ロサンゼルス間を往復するほどの移動距離を経験することもあったと言われています。

金田監督は、この過酷な状況をポジティブに捉えようと試み、移動日にも軽い練習を課すなど、選手たちのコンディション維持に努めました。また、宿泊費の増額や専属料理人の帯同など、選手たちのストレス軽減にも配慮しました。これらの対応から、ロッテの仙台移転は、あくまで首都圏に新たな本拠地を確保するまでの暫定措置であったと考えられています。

1973年オフには、パ・リーグの再編問題が勃発し、日拓ホームがロッテに球団統合を持ちかけましたが、ロッテが単独での球団保有を維持する意向を示したため、統合は実現しませんでした。

優勝と仙台の失望

1974年、ロッテは前期2位、後期優勝を果たし、プレーオフに進出しました。阪急ブレーブスとのプレーオフを制し、4年ぶりのリーグ優勝を果たしました。しかし、この時、日本シリーズの開催球場について、コミッショナーから「ロッテ優勝の場合、ロッテの主管試合は後楽園球場を使用する」という通達が出されました。これは、当時の宮城球場の収容人数が3万人に満たなかったためです。この決定に、宮城県民は失望を隠せませんでした。ロッテは日本シリーズで中日ドラゴンズを破り、2度目の日本一となりましたが、仙台での祝勝行事は一切行われず、地元ファンのロッテへの熱は急速に冷めていきました。

1975年以降、ロッテは宮城球場で主催試合を開催しましたが、観客動員数は減少の一途を辿ります。1976年には、首都圏での雨天中止試合の振替分が宮城に集中し、消化試合のような扱いを受けることもありました。

川崎への移転とジプシー時代の終焉

1977年、ロッテは本拠地を神奈川県に移転する構想を表面化させました。これは大洋ホエールズが横浜スタジアムに移転することに伴い、ロッテが再び首都圏を本拠地とする可能性が浮上したためです。5年間に亘る過酷な移動は、選手たちの肉体的・精神的負担を増大させており、球団経営にも大きな影響を与えていました。

仙台では「仙台に残ってください」という署名活動が行われましたが、ファンの多くはロッテの首都圏復帰を既定路線と捉え、大きなうねりにはなりませんでした。ロッテは、1977年の後期優勝を果たすも、プレーオフで敗退し、宮城球場でのラストゲームを終えました。

ロッテは、大洋に代わって川崎球場を使用することになり、5年間のジプシー時代は終焉しました。選手たちは東京に帰れることを喜んだ一方で、宮城県出身の選手の中には、仙台でのプレーを目標としていたため残念に思う者もいました。

川崎市ではロッテのパレードや激励会が盛大に行われ、川崎市はロッテを歓迎しましたが、川崎球場は老朽化が進み、観客動員も伸び悩むなど、ロッテは新たな苦難を強いられることになります。

その後

ロッテは川崎球場移転後も、宮城球場で年間10試合程度の主催試合を開催していましたが、球場の老朽化に伴い試合数は減少していきました。2005年、東北楽天ゴールデンイーグルスが宮城球場を本拠地としたことで、宮城でのロッテ主催試合は終了しました。現在は、ZOZOマリンスタジアムを本拠地としていますが、2016年以降は東京ドームなどで主催試合を開催することもあります。

「ジプシー・ロッテ」と呼ばれた5年間は、球団運営の難しさ、選手の苦悩、そしてファンの熱狂と失望が交錯した、プロ野球史に残る特異な時代でした。

もう一度検索