ジャカード織機

ジャカード織機（ジャカードしょっき）は、1801年にフランスの発明家ジョゼフ・マリー・ジャカール（Joseph Marie Jacquard）によって生み出された画期的な自動織機です。

仕組みと特徴

この織機は、厚紙に開けられた穴のパターン（紋紙と呼ばれる）を読み取ることで、布に複雑な模様を織り出すことを可能にしました。紋紙の各列に開けられた穴は、特定の横糸が通る際にどの経糸を上げるべきかを示しており、これに従って織機の機構が自動的に経糸を個別に上下させます。

それまで複雑な模様の布を織るには非常に熟練した技術と多大な労力が必要でしたが、ジャカード織機は模様に応じた紋紙を用意するだけで、織機の糸の上げ下ろしを自動的に制御できるようになりました。これにより、模様織りの難易度が格段に下がり、生産効率が飛躍的に向上しました。当初は人力で稼働していましたが、19世紀半ばには蒸気機関を動力とする力織機に応用され、さらに生産規模を拡大しました。

このパンチカード（紋紙）による制御方式は、後の機械技術に大きな影響を与えました。パンチカードは、その後の「パンチカードマシン」や初期のコンピュータにおけるデータ入力および制御の技術史上の先祖と見なされています。

歴史的背景と発展

ジャカード織機の発明は、全くゼロから生まれたものではありませんでした。それ以前にも、1725年のバジル・ブション、1728年のジャン＝バティスト・ファルコン、そして1740年のジャック・ド・ヴォーカンソンらがパンチカードを使った織機を開発しており、特にヴォーカンソンはこれを自動化する試みを行っています。ジャカールはこれらの先行技術を基に、より洗練された実用的な自動織機を完成させたと言えます。

ジャカールがこの織機を開発した背景には、当時のシルク製織における労働問題がありました。特に複雑な模様を織るドロー織機では、2人組で作業を行う必要があり、その一員として児童が「ドロー・ボーイ」として雇われ、過酷な労働に従事していました。ジャカールは、この工程を自動化することで、模様織りの人為ミスをなくし、同時に児童をこのような労働から解放したいと考えていました。ナポレオン・ボナパルトからの資金援助も受けつつ開発が進められましたが、織機による失業を恐れた職工たちからは激しい抵抗を受けました。しかし、その革新性は広く認められ、1812年にはフランス国内だけで11,000台ものジャカード織機が稼働するまでになりました。残念ながら、自動化によって職を失った多くのドロー・ボーイは、より危険な他の工場労働に転じることになりました。

後継技術と現代

ジャカード織機は複雑な模様織りに優れていましたが、操作がやや複雑でした。そのため、約40年後の1843年には、よりシンプルな模様向けに操作が簡単なドビー織機が発明されました。ドビー織機は、ジャカード織機のように多様な模様は織れませんが、シンプルなパターンを織る際には、長大な紋紙が必要なジャカードに比べて、紋板と呼ばれる少数の穴あき板（通常16枚程度）を使うだけで済むため、より高速に織ることが可能でした。これにより、簡単なパターンの場合はドビー織機が使われるようになります。

現代の織機では、紋紙や紋板は物理的に用意する必要がなくなり、コンピュータデータで制御されています。画像データなどを読み込んでジャカード用、ドビー用データに変換できるソフトウェアも普及しています。このため、たとえジャカード織機で織られたものであっても、連続した単純な柄やストライプなどの模様は「ドビー織」と呼ばれることもあります。現在の織機は、開口装置（ジャカードやドビー）と織機本体（エアジェット織機やウォータージェット織機など）が分離・組み合わせ可能になっており、ジェット織機などの高速な本体と組み合わせることで、かつてよりはるかに速いスピードで織ることが可能になりました。しかし、これらの最新機器の導入にはコストがかかるため、小規模な事業所では旧来の機械も多く使われています。

興味深いことに、旧来のジャカード織機の中には、織る速度は遅いものの、「手織り」のような独特の風合いが得られることから、高級服飾品、特に高級ネクタイなどの分野で現在も現役で使用されているものがあります。一方、電子化された現代のジャカード織機では、パンチカードの代わりにコンピュータデータを用いる「電子ジャカード」が普及しています。日本では、従来の機械式ジャカードの紋紙読み取り部分を電子化し、フロッピーディスクなどでデータを受け渡すダイレクトジャカードが多く導入されていましたが、フロッピーディスクの入手難などから、近年は最新の電子ジャカードコントローラへの更新が進んでいます。しかし、データ互換性の問題や資金的な課題から、読み取り部分のみをUSBメモリなどで代替したり、行政の補助金を利用したりといった対策も取られています。

コンピュータ技術への影響

ジャカード織機におけるパンチカードによるプログラム制御の考え方は、その後の計算機や集計機（タビュレーティングマシン）の開発に大きな影響を与えました。カードを交換することで織機の動作パターン（模様）を簡単に変更できる柔軟性は、計算処理の手順を変えることへの着想につながりました。19世紀半ばには、チャールズ・バベッジが自身の考案した機械式汎用計算機「解析機関」のプログラミングにジャカードのパンチカード方式を利用しようと試みています。解析機関自体は完成しませんでしたが、パンチカードによるデータ入力・制御方式はタビュレーティングマシンで実用化され、さらに20世紀後半までコンピュータへの主要な入力方式の一つとして広く用いられました。このため、ジャカード織機はコンピュータの歴史を語る上で非常に重要な発明の一つと位置づけられています。

日本への導入

日本には、明治時代初期に導入されました。1872年（明治5年）には、京都府が西陣織の関係者3名をフランスのリヨンに派遣し、ジャカード織機の技術を学ばせました。彼らは帰国時にジャカード織機を持ち帰り、日本の織物産業の近代化に貢献しました。

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