ジャック・デュフリ

ジャック・デュフリ（Jacques Duphly）は、1715年1月12日にフランスのノルマンディー地方、セーヌ川沿いの歴史ある都市ルーアンで生を受け、1789年7月15日にパリでその生涯を閉じた、18世紀フランスを代表する作曲家であり、優れたオルガンおよびクラヴサン奏者でした。

幼少期をルーアンで過ごしたデュフリは、地元のサン＝マルロー教会の高名なオルガニストであったフランソワ・ダジャンクール（François Dagincourt, 1684-1758）に師事しました。ダジャンクールは、当時のフランス楽壇で重きをなした人物であり、師事したデュフリもまた、その影響を受けて初期にはオルガニストとして活動を始めたと考えられています。しかし、彼の音楽家としてのキャリアは、次第にクラヴサンへと傾倒していきます。

1742年以降、デュフリはフランス文化の中心地であり、ヨーロッパの音楽シーンを牽引していたパリへと活動の拠点を移し、以降、その地で生涯を終えることになります。当時の多くの音楽家が宮廷や教会といった権威ある組織に仕えていたのとは対照的に、デュフリは驚くべきことに、生涯を通じてそうした公式の地位に就くことはありませんでした。しかし、その卓越した演奏技術と、きめ細やかな指導は、パリの貴族や富裕層の間で評判となり、彼はクラヴサン奏者そして教師として、瞬く間にパリの音楽界で確固たる名声を築き上げました。彼の名はサロンや邸宅で演奏を披露し、多くの弟子を育成する中で広まっていったのです。

作曲家としての主要な功績は、彼の残した四つの重要なクラヴサン曲集に集約されます。これらの曲集は、当時のフランスにおけるクラヴサン音楽の集大成とも言える作品群であり、彼の名を後世に伝えています。第1巻は1744年、第2巻は1748年、第3巻は1756年、そして最後の第4巻は1768年に出版されました。これらの作品は、フランス・クラヴサン楽派の伝統を受け継ぎながらも、ギャラント様式（優雅様式）の要素を取り入れるなど、時代を映した変化も見られます。デュフリが活躍した時代は、クラヴサンがその絶頂期を迎えつつも、フォルテピアノの台頭により次第に衰退へと向かっていく過渡期にあたっており、彼の作品は、その終焉を飾る重要なレパートリーの一つとなっています。

デュフリの私生活については多くが知られていませんが、彼は生涯独身を貫き、家族を持つことはありませんでした。その最期は、フランス史における最も激動の時代と重なります。1789年7月15日、フランス革命の火蓋が切られ、絶対王政の象徴であったバスティーユ要塞が民衆によって襲撃された、まさにその翌日という象徴的な日に、デュフリはパリで静かに息を引き取りました。そして、彼の死に際して、生涯にわたり自身に忠実に仕えた召使いに、財産のほとんどを遺贈したと伝えられています。このエピソードは、デュフリの人となりや価値観を示すものとして、しばしば言及される側面です。

ジャック・デュフリは、公式な地位には縛られず、自らの才能と名声によって生計を立て、クラヴサン音楽の最後の輝きを放った重要な音楽家です。彼のクラヴサン曲集は、18世紀フランスの音楽文化を知る上で欠かせない遺産となっています。

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