ジャック・ランシエール

ジャック・ランシエール

ジャック・ランシエールは、1940年6月10日に旧フランス領アルジェリアのアルジェで生まれたフランスの哲学者です。パリ第8大学の名誉教授を務めています。

生涯と学問的背景

高等師範学校で哲学を学び、ルイ・アルチュセールの薫陶を受けました。1965年には、エティエンヌ・バリバールらと共に『資本論を読む』の執筆に参加しましたが、その後、アルチュセール思想から距離を置くようになります。1974年には、自著『アルチュセールの教え』でアルチュセール思想を厳しく批判しました。この著作は、ランシエールの思想的な自立を示す重要な転換点となりました。

1970年代末には、アルレット・ファルジュ、ジュヌヴィエーヴ・フレースら若手研究者とともに「論理的叛乱」グループを組織し、同名の研究誌で伝統社会の表象について考察を展開しました。この研究誌に掲載された論文は、『民衆の舞台』などに収録されています。同時期に、労働者の解放や19世紀のユートピア主義者の研究にも取り組みました。また、定期的にアメリカの大学で教鞭を執り、その研究成果は『プロレタリアの夜 労働者の夢の記憶』として発表されました。この論文は、彼の国家博士号取得論文でもあります。さらに、床張り職人の哲学者ルイ・ガブリエル・ゴニーの未公刊著作を集めた『平民哲学者』を出版するなど、多様な研究活動を展開しました。

1980年代半ばには、伝統的な教育学の基礎に疑問を呈したジョゼフ・ジャコトに関心を抱き、『無知な教師』を著しました。この本で、教育における知性の解放の可能性を論じました。その後、歴史学における言葉の曖昧さに関心を抱き、『歴史の名前』を刊行しました。また、映画愛好家としても知られ、『カイエ・デュ・シネマ』に連載を開始し、美学と政治学の関係について研究を深めました。このテーマに関する最初の著作が、哲学小説の形式をとった『民衆の国への小旅行』です。1996年11月には来日し、東京大学で講演を行いました。

思想的特徴

ランシエールの思想は、アルチュセールから影響を受けつつも、その構造主義的なアプローチを批判的に乗り越えることから始まりました。彼は、権力と知識の関係、知の平等、芸術と政治の関係といったテーマを深く掘り下げ、独自の概念と理論を展開しました。特に、「感性的なもののパルタージュ」という概念は、彼の美学と政治哲学の中核をなしています。これは、社会における知覚と経験の分配、そしてその分配が権力構造とどのように結びついているかを考察するものです。また、「無知な教師」の概念は、従来の教育観を問い直し、誰もが平等に知性を発揮できる可能性を示唆しています。

著作とそのテーマ

ランシエールの著作は多岐にわたり、そのテーマも多岐にわたります。初期には、アルチュセール批判や労働運動に関する研究がありましたが、その後、教育、美学、政治、文学、映画など幅広い分野にわたる著作を発表しています。

初期の著作: 『資本論を読む』(共著)、『アルチュセールの教え』など、マルクス主義やアルチュセール思想に関わる著作があります。
労働運動と社会史: 『プロレタリアの夜 労働者の夢の記憶』、『平民哲学者』など、労働者の歴史や経験、社会の底辺にいる人々の思想に焦点を当てた著作があります。
教育論: 『無知な教師』は、教育における知性の解放というテーマを深く掘り下げた著作です。
美学と政治: 『感性的なもののパルタージュ』、『民主主義への憎悪』など、美学と政治の関係を考察する著作があります。
文学と映画: 『文学の政治』、『映画的寓話』、『イメージの運命』など、文学や映画における政治的、美的側面を分析した著作があります。
近年の著作: 『平等の方法』や『現代　芸術と政治における時間性の試論』など、現代社会における平等や芸術の役割について考察を深めています。

ランシエールの著作は、難解な概念や独特の言い回しが多いものの、現代思想における重要な貢献として高く評価されています。

日本語訳

ランシエールの著作は、日本語訳も多数刊行されており、日本でもその思想が広く知られています。『アルチュセールの教え』、『哲学とその貧者たち』、『無知な教師』、『感性的なもののパルタージュ』、『民主主義への憎悪』、『解放された観客』、『平等の方法』など、重要な著作が翻訳されています。

影響

ランシエールの思想は、哲学、社会学、美学、教育学、文学研究など、幅広い分野に影響を与えています。特に、彼の政治哲学は、民主主義のあり方や社会における平等について、新たな視点を提供しています。

主要な著作リスト

以下は、ランシエールの主要な著作の一部です。翻訳されているものについては、邦題も併記しました。

『アルチュセールの教え』(La Leçon d'Althusser, 1975)
『プロレタリアたちの夜　労働者の夢のアーカイヴ』(La Nuit des prolétaires. Archives du rêve ouvrier, 1981)
『哲学とその貧者たち』(Le Philosophe et ses pauvres, 1983)
『無知な教師　知性の解放について』(Le Maître ignorant : Cinq leçons sur l'émancipation intellectuelle, 1987)
『感性的なもののパルタージュ　美学と政治』(Le Partage du sensible, 2000)
『映画的寓話』(La Fable cinématographique, 2001)
『イメージの運命』(Le Destin des images, 2003)
『民主主義への憎悪』(La Haine de la démocratie, 2005)
『文学の政治』(Politique de la littérature, 2007)
『解放された観客』(Le Spectateur émancipé, 2008)
* 『平等の方法』(La méthode de l'égalité, 2012)


ランシエールは、現代思想を代表する哲学者の一人として、今後もその思想が研究され、議論され続けるでしょう。

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