ジャン・リシェ

フランスの天文学者、ジャン・リシェ（Jean Richer, 1630年頃 - 1696年）は、17世紀後半の科学界において、特に天文学と物理学の分野で重要な貢献をした人物です。当時の著名な天文学者ジョヴァンニ・カッシーニとの共同研究を通じて、地球のサイズや太陽系に関する理解を深める上で画期的な業績を残しました。

彼のキャリアは、1666年にフランス王立科学アカデミーの会員に迎えられたことから本格的に始まります。このアカデミーは、ヨーロッパにおける科学研究の中心地の一つであり、彼はここで多くの優れた学者たちと交流し、研究を進める機会を得ました。

リシェの初期の重要な任務の一つに、長距離航海における経度測定の精度向上を目指した試みがあります。1670年、彼は精密な機械時計の発明者として知られるクリスティアーン・ホイヘンスが設計した時計の性能を検証するため、大西洋を越えてフランス領カナダ（おそらくアカディアまたはケベック）への航海に参加しました。この時代の航海では、正確な経度を知ることが極めて困難であり、時計を用いて出発地との時差を測る方法は画期的と考えられていました。しかし、残念ながらこの検証航海は、嵐に見舞われホイヘンスの時計が故障するという不運に見舞われ、成功には至りませんでした。

しかし、リシェの最も著名な業績は、1672年から1673年にかけて南米のフランス領ギアナにあるカイエンヌ（現在のカイエンヌ）で行われた観測に基づいています。当時、天文学上の大きな課題の一つは、地球から太陽までの正確な距離、すなわち「天文単位」を知ることでした。これを解決するため、カッシーニは地球上の二つの異なる地点から同時に天体を観測し、その視差（観測する地点の違いによって天体の見かけの位置がずれること）を利用する方法を計画しました。緯度の異なるパリとカイエンヌがこの観測点として選ばれ、リシェがカイエンヌへ派遣され、パリにいるカッシーニと緊密に連携して観測を行いました。

彼らは、地球の軌道運動によって視差が比較的大きく観測される火星に注目しました。火星が地球に最接近する時期を選び、パリとカイエンヌで同じ恒星に対する火星の見かけの位置を同時に測定しました。得られた視差の差を用いて三角測量の原理を適用することで、カッシーニは地球と火星の距離を計算し、そこからケプラーの第三法則などを利用して地球と太陽までの距離を推定することに成功しました。この観測から導き出された太陽までの距離は約1億4000万kmと見積もられ、これはそれまでの推定値よりもはるかに正確な値であり、当時の天文学における画期的な成果でした。

カイエンヌ滞在中、リシェは天文学観測と並行して物理学的な実験も行いました。その中で彼は、パリで正確な時間を示していた同じ長さの振り子が、カイエンヌではわずかに遅れることを発見しました。この現象は、地球上の場所によって重力の大きさが異なることを示唆しています。重力が異なるということは、地球の中心からの距離が場所によって違うか、あるいは地球が回転しているために遠心力が働く影響が場所によって異なることを意味します。リシェは、この振り子の周期の違いが、地球が完全な球形ではなく、赤道付近が膨らんだ、あるいは極方向に潰れた楕円体である可能性を示していると考えました。彼のこの発見は、ニュートンの万有引力理論と組み合わさることで、その後の地球の正確な形状を巡る重要な学術論争、すなわち地球楕円体論争へと繋がっていくことになります。

カイエンヌでの一連の重要な観測結果は、彼の著書『Observations astronomiques et physiques faites en l'isle de Caienne（カイエンヌにおける天文学、物理学の観測）』として発表され、当時の科学界に大きな影響を与えました。ジャン・リシェの業績は、地球から太陽までの距離の推定精度を飛躍的に向上させただけでなく、地球の形状に関する理解を進める上で決定的な証拠を提供し、近代的な測地学の発展にも貢献したのです。彼の名は、17世紀の科学革命における重要な一員として記憶されています。

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