ジャン＝シャルル・ド・ボルダ

ジャン＝シャルル・ド・ボルダ（Jean-Charles, chevalier de Borda, 1733年 5月4日 - 1799年 2月19日）は、18世紀フランスを代表する数学者、物理学者、政治学者、そして傑出した航海士でした。その幅広い才能と多岐にわたる貢献から、現代においてもその名は様々な分野で記憶されており、特にフランス海軍の歴史においては、19世紀から20世紀にかけての多くの訓練用艦船に彼の名前が冠されていました。

生涯とキャリア

ボルダは1733年、フランス南西部に位置するダクスで誕生しました。青年期にはラ・フレッシュのコレージュで学び、その後は軍隊の道へ進みます。最初は工兵隊に所属し、後に近衛軽騎兵隊の一員となりました。工兵としての経験は、彼の後の科学的な探求に大きな影響を与えました。

1756年、ボルダは工兵時代の知識を活かして弾道の計算に関する重要な論考を執筆します。この研究が高く評価され、1764年にはフランス科学アカデミーの会員として迎えられました。その後、ジャン＝バティスト・デマレ元帥の副官として再び工兵隊に戻り、水工学や水流の抵抗といった分野の研究にも取り組み、その成果を文書として発表しました。

1767年には海軍に転属し、本格的な航海士、科学者としての活動を開始します。1771年にはヴェルダン・ド・ラ・クレンヌの指揮の下、フリゲート艦ラ・フロールでカナリア諸島やアンティル諸島を巡る航海に参加しました。この航海の最中、科学アカデミーからの依頼を受けて、当時開発が進められていた新式のクロノメーターの性能試験を実施しています。さらに、1774年から1775年にかけてはアフリカ沿岸への遠征にも加わりました。これらの経験を通じて、彼は海軍大尉に昇進し、カナリア諸島への遠征で測量作業を指揮しました。この測量は、当時のヨーロッパの多くの国がカナリア諸島のイエロ島を世界の西端として経度計算の基準にしていたという背景から、極めて重要な意味を持っていました。1777年から1778年にかけては、アメリカ独立戦争においてシャルル＝アンリ・デスタン伯爵の幕僚長を務めました。

科学技術と著作

海軍での豊富な経験と科学者としての知見は、複数の重要な著作として結実しました。1778年には、ヴェルダン・ド・ラ・クレンヌやアレクサンドル・ピングレとの共著で、自身の航海と測量の成果をまとめた『王令により1771年・1772年にヨーロッパ各地およびアメリカで緯度・経度等を測定する諸々の方法と道具の有効性を検証するために行った旅行』を刊行しました。同じ年には、航海における天体観測の精度を飛躍的に向上させた自身の発明について解説した『反射円の説明と用法』も発表しています。反射円は、後の六分儀の改良にも影響を与えたとされる重要な機器です。

1781年、ボルダはフランス海軍の艦隊を率い、マルティニークへの派遣部隊を護衛する任務に就きました。翌1782年にはイギリス軍に一時拿捕されるという経験もしましたが、交渉によって解放され、程なくフランスへ帰国しました。帰国後、彼は再び海軍の工兵部隊に配属され、特にポンプ式揚水機の改良といった技術的な課題に取り組みました。また、当時のフランス科学界を牽引していたピエール・メシャンやジャン＝バティスト・ドランブルと共に、科学アカデミーから委託された子午線弧長の精密測量という国家的な事業にも参加しました。この測量は、後のメートル法の定義にも繋がる重要な研究でした。ボルダは物理学全般に渡る探求を進め、振り子の長さを正確に測るための新しい器械を発明するなど、測定技術の発展にも貢献しました。彼の研究は、ドランブルによって増補され、1800年に刊行された『10進法による三角法一覧』や『対数・正弦・正割・正接一覧表』といった標準的な数表の基盤となっています。

政治学への貢献：ボルダ式得点法

ボルダの功績は自然科学の領域に留まりません。彼はまた、選挙における投票方法の研究においても重要な貢献をしました。「ボルダ式得点法」として知られる選挙方法は、彼が考案したものです。これは、候補者の順位付けに基づき各候補に点数を与え、その合計点で当選者を決定する方式であり、今日においても世界各国の選挙制度改革に関心を持つ人々の間で広く知られています。フランス革命期には、ボルダは同時代の著名な思想家であるコンドルセと並び称され、多様な選挙方法の利点と欠点を検証する活発な論争に参加しました。彼の政治学的な洞察は、より公正で代表的な選挙制度の確立に向けた当時の議論に一石を投じました。

ボルダは1799年、パリでその生涯を閉じました。彼の出身地であるダクス市には、彼の名を冠した普通科・工業科の高校であるリセ・ボルダがあり、その功績を記念しています。また、エッフェル塔に名前が刻まれた72人のフランスの科学者の一人としても、その栄誉が讃えられています。

ボルダの生涯は、数学、物理学、航海術、政治学といった異なる分野を横断する知的好奇心と探求心に満ちていました。その貢献は、科学技術の進歩、航海の安全性の向上、そしてより洗練された社会制度の模索といった、様々な形で後世に受け継がれています。

もう一度検索