ジュゼッペ・サルティ

ジュゼッペ・サルティ

18世紀後半のヨーロッパにおいて、イタリア・オペラの作曲家として国際的に活躍したのが、ジュゼッペ・サルティ（Giuseppe Sarti, 1729-1802）です。教皇領のファエンツァに生まれた彼は、音楽教育を名高いマルティーニ神父から受けました。彼のキャリアはイタリア国内に留まらず、北欧からロシア帝国に至る広範囲に及びました。

サルティの経歴は非常に多様です。1753年にはデンマーク王フレデリク5世の招きに応じてコペンハーゲンへ渡り、宮廷楽長を務めました。しかし1765年にはデンマークを離れてイタリアへ帰国し、その後はイタリアの各地をはじめ、ロンドン、ヴェネツィア、ミラノ、ウィーンといった当時の主要な音楽都市で活動を展開しました。彼の名声はヨーロッパ中に響き渡り、やがてロシア女帝エカチェリーナ2世の耳にも届くこととなります。

1785年、サルティはエカチェリーナ2世の招きを受け、サンクトペテルブルクの宮廷楽長に就任しました。このロシアでの滞在は1801年まで約16年間にも及び、彼のキャリアにおける重要な時期となりました。宮廷楽長として、彼はロシア宮廷のために数多くの作品を生み出しました。特筆すべきは、女帝自身が台本を手がけた合作オペラ『オレグの最初の治世』や、宗教音楽であるテ・デウムなどの作曲です。ロシア宮廷での活動は、サルティに安定した地位と創作の機会をもたらしました。

ロシアを離れた翌年の1802年7月、サルティはベルリンでその生涯を終えました。

ジュゼッペ・サルティの音楽が後世に与えた影響として、最もよく知られているのはヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトとの関係です。サルティの喜劇オペラ「漁夫の利（Fra i due litiganti il terzo gode）」に含まれるアリア『子羊のように（Come un'agnello）』は、その魅力的な旋律が当時の音楽界で広く愛されていました。このアリアはモーツァルトにも強い印象を与え、彼の傑作オペラ「ドン・ジョヴァンニ」の第2幕において、宴会の場面で引用されています。これは、当時の流行曲を紹介する演出の一部として用いられたと考えられます。さらに、モーツァルトはこのアリアに基づいたピアノのための変奏曲（ケッヘル番号K.460、後に454aとされる）も作曲しました。この変奏曲は、1784年にサルティがロシアへ向かう前にウィーンに立ち寄った際、モーツァルトがサルティ本人の前で演奏したと伝えられています。モーツァルトは父レオポルトへの手紙の中で、サルティがこの演奏を大変喜び、称賛したことに触れており、二人の巨匠間の敬意がうかがえるエピソードとして語り継がれています。

サルティは生涯にわたり、多数のオペラを作曲しました。その中には、『牧人の王』、『イル・ボロジェーゾ』、『アンティゴノス』、『ジュリオ・サビーノ』、そして前述の『漁夫の利』などがあります。彼のオペラは、18世紀後半のイタリア・オペラの主流であるオペラ・セリア（正歌劇）やオペラ・ブッファ（喜歌劇）の様式を体現しており、当時の聴衆から人気を博しました。オペラ作品以外にも、チェンバロやオルガン、その他の楽器のためのソナタなど、器楽曲も手がけています。

国際的なキャリアと、特にモーツァルトを含む後進の作曲家に与えた影響から、ジュゼッペ・サルティは18世紀後半の音楽史において重要な人物の一人として位置づけられます。彼の作品は今日でも研究の対象となっており、当時のオペラや宮廷音楽の姿を知る上で貴重な資料となっています。

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