ジュール・パドルー
ジュール・エティエンヌ・パドルー(Jules Étienne Pasdeloup)は、
1819年9月15日に
パリで生まれた
フランスの音楽家です。特に
オーケストラの主宰者および指揮者として、19世紀後半の
フランス音楽界において重要な役割を果たしました。
フォンテーヌブローで
1887年8月13日に68歳で亡くなっています。
生涯と業績
パドルーは早い時期から音楽教育を受け、
1829年には
パリ音楽院に入学しました。そこで
ヴァイオリンと
ピアノを専攻し、その才能を認められました。特に優れた成績を残し、1832年に
ソルフェージュ科で、次いで
1834年には
ピアノ科で、それぞれ一等賞を獲得しています。音楽院での学びを終えた後、
1841年からは母校で教鞭を執り、
ソルフェージュと
ピアノの指導にあたりました。
彼の音楽活動における一つの転機は、
1851年に「音楽院の若い芸術家協会」(Société des jeunes artistes du Conservatoire)を設立したことです。この協会は、当時の若手演奏家や作曲家たちを支援することを目的としており、
シャルル・グノーや
カミーユ・サン=サーンスをはじめとする
フランスの作曲家による新しい作品を紹介する場となりました。(なお、この協会の設立年には1852年や1853年とする記述も存在します。)
パドルーは教育者としてのキャリアも続け、
1855年から
1868年までの期間は
パリ音楽院の合唱科教授を務めました。
コンセール・ポピュレールの創設
1861年、パドルーは「若い芸術家協会」をさらに発展させ、一般大衆向けのクラシック音楽演奏会である「コンセール・ポピュレール」(Concerts populaires de musique classique、クラシック音楽大衆演奏会)を創設しました。これは、経済的な理由から従来の活動形式を見直す中で生まれた企画でした。この演奏会は、クラシック音楽をより多くの人々が気軽に楽しめるよう、手頃な入場料で提供することを最大の特徴としていました。会場として選ばれたのは、
パリ11区にあった「冬のサーカス」(Cirque d'hiver)という、通常はサーカスに使われる円形の建物でした。この場所で、同年
10月27日から定期的な演奏会が始まりました。
「コンセール・ポピュレール」のプログラムは、同時代の作曲家たちの作品も取り上げましたが(サン=サーンス、
ジョルジュ・ビゼー、
ヨハネス・ブラームス、
リヒャルト・ワーグナー、
ミハイル・グリンカ、
ピョートル・チャイコフスキーなど)、中心に据えられたのは、
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン、
フェリックス・メンデルスゾーン、ヨーゼフ・ハイドン、
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト、
カール・マリア・フォン・ウェーバーといったドイツ古典派および初期ロマン派の大家たちの作品でした。これは、大衆にとって親しみやすい、確立されたレパートリーを重点的に演奏することで、クラシック音楽への敷居を下げるというパドルーの戦略でした。
この「コンセール・ポピュレール」の活動は、
フランスにおけるクラシック音楽の愛好者層を大幅に拡大する上で、非常に大きな貢献をしました。それまで主に富裕層や音楽専門家のものであったクラシック音楽を、一般市民にも開かれたものへと変えたのです。
その他の活動と晩年
パドルーは「コンセール・ポピュレール」の活動と並行して、他の音楽活動も行いました。
1868年から
1870年にかけては、当時リリック劇場として知られ、後にサラ・ベルナール座、現在は市立劇場となっている劇場の指揮者を務めました。また、
1868年には「オラトリオ協会」(la Société des oratorios)も設立するなど、多方面で音楽の普及と発展に尽力しました。
しかし、「コンセール・ポピュレール」は、後にジュール・コロンヌの「
コンセール・コロンヌ」やシャルル・ラムルーの「
コンセール・ラムルー」といった新たな
オーケストラ団体が登場し、競合が激化する中で聴衆を次第に失っていきました。財政的な困難もあり、
1884年にはその活動を停止せざるを得なくなりました。
パドルーは晩年を
パリ郊外の
フォンテーヌブローで過ごし、
1887年にその地で亡くなりました。
遺産
彼が創設した「コンセール・ポピュレール」の精神は消えることはありませんでした。
1918年にはその活動が復元され、
1921年には正式に「
コンセール・パドルー」(Association des concerts Pasdeloup)と改称されました。この
オーケストラは現在も活発な演奏活動を続けており、ジュール・パドルーのクラシック音楽大衆化への貢献を現代に伝えています。
出典には、岸辺成雄氏による「音楽大事典」(平凡社、1983年)などが挙げられます。