ジョエルマビル火災
1974年2月1日、南米ブラジルの大都市サンパウロで、当時建設されて間もない25階建ての近代的なオフィスビル、ジョエルマビルが炎上しました。この火災は、エアコン室外機のショートを原因として発生し、結果的に227名（資料により179名または188名とする説もある）もの尊い命が失われる大惨事となりました。日系人6名も犠牲に含まれており、その衝撃は世界中に広がりました。
ジョエルマビルは1969年に着工し、1972年に完成したばかりの比較的新しいビルでした。下層階が駐車場、その上がオフィスフロアとなっており、多くの銀行や企業がテナントとして入居していました。冷暖房完備など、当時の基準では進んだ設備を持つ一方で、致命的な防火上の欠陥を抱えていました。最大の欠陥は、避難用の非常口が存在せず、避難経路が中央のエレベーターシャフトとそれに付属する階段のみに限られていた点です。もしこれらが使用できなくなった場合、逃げ場が全くなくなる構造でした。さらに、ビルの内装材はほとんどが可燃性のものでした。木材や合成樹脂で作られた間仕切りに加え、カーテンや絨毯なども燃えやすい素材が使用されており、ひとたび火がつくと火の回りが非常に速かったのです。特に合成樹脂は燃焼時に有毒ガスを発生させる危険性も伴いました。スプリンクラー設備は設置されておらず、防火扉や防煙壁といった延焼・煙の拡散を防ぐ設備も不十分でした。これらの不備により、火災が発生すれば瞬く間に全体へ広がる可能性を秘めていたのです。
悲劇は、多くの従業員が出勤していた午前8時50分頃に始まりました。北側のオフィス棟（ノースタワー）12階の窓上部に設置されていたエアコン室外機がショートし、そこから火花が飛び散って出火したのです。午前9時10分頃には、隣接するビルからの通報で消防署が火災を知りました。初期の炎は12階の可燃性内装に燃え移り、窓を破壊しながら勢いを増しました。炎は建物の中心にあるエレベーター棟へ延焼し、階段の吹き抜けを通して上階へと急速に広がりました。この階段部分は、あたかも煙突のように働き、火と煙を吸い上げていったため、唯一の避難経路が短時間で使用不能となってしまいました。火の手や煙が広がる前に自力で脱出できたのは約300名でしたが、残りの半数以上が逃げ遅れ、特に上層階では多くの人々が閉じ込められました。この時点で、南側の棟（サウスタワー）には火は回っていませんでしたが、ノースタワー12階から吹き出す激しい炎は強風に煽られ、やがて14階の窓ガラスを破壊し、勢いを保ったままサウスタワーにも引火しました。炎は両棟の窓伝いに上下左右へと燃え広がっていきました。
午前9時30分頃に消防隊が現場に到着し、懸命な消火活動が開始されましたが、ビル全体はすでに激しい炎と黒煙に包まれていました。エレベーター棟の出入り口付近から炎が迫り、屋上へも到達しようとしていました。ビルにはヘリポートがなかったため、屋上に避難した約171名への救助は困難を極めました。火災から逃げ場を失った人々は、窓から次々と飛び降り始めました。地上からは、消防士たちが大きな布に「CALMA（落ち着いて）」「NÃO SALTEM（飛ばないで）」といったメッセージを書いて掲げたり、多くの人々が声で思いとどまるよう呼びかけたりしましたが、約20名が転落死しました。さらに、はしご車で救助中の人々の上に飛び降りた犠牲者が落下し、救助されていた人や消防士までも巻き添えにして転落するという痛ましい二次災害も発生しました。最終的に、炎は屋上まで到達し、屋上に避難していた人々の中から約90名が救助されることなく焼死しました。また、煙が充満したエレベーターシャフトで脱出を試みた13名は、煙に巻かれて死亡しました。これらの犠牲者の遺体は激しく炭化しており、司法解剖でも身元の判別が極めて困難な状態だったといいます。これらの身元不明の遺体は、後にビラ・アルピナ墓地に埋葬されました。火災は、燃えるものがなくなった昼頃になってようやく鎮火しました。
数多くの悲劇が起こる中で、わずかながらも希望となる出来事もありました。15階に逃げ遅れた母子は、炎と煙から逃れる術を失い、窓際に追い詰められました。母親は幼い子供を抱きしめたまま窓から飛び降りましたが、奇跡的に、母親の体がクッションとなったおかげで、子供は一命を取り留めたのです。
この大惨事の現場となったジョエルマビルは、まだ築年数が浅かったことから解体されず、約4年をかけて全面的な改装が行われました。ビルに面した広場の旧名にちなんで「プラサ・デ・バンデイラビル」と改名され、現在も使用されています。この火災は、ブラジルの建築業界に大きな衝撃を与え、高層建築物に対する防火基準の抜本的な改正を促す契機となりました。偶然にも、この1970年代前半は、日本でも千日デパート火災や大洋デパート火災など、大規模なビル火災が相次いで発生していた時期でもありました。海外の事例であるにもかかわらず、ジョエルマビルの惨事は日本でも注目され、1974年には「ジョエルマビルの惨事ービル火災の恐怖ー」というドキュメンタリーフィルムが製作され、ビル火災の恐ろしさを伝える貴重な資料として、現在でも多くの自治体で保管・活用されています。また、この火災はフィクション作品にも影響を与えており、同時期公開の映画「タワーリング・インフェルノ」や、漫画「ゴルゴ13」のエピソードなど、電気系統のトラブルに端を発する高層ビル火災として描かれる作品のモデルの一つになったとも言われています。火災発生が日中であったため、当時の消火活動や、窓から脱出を試みる人々の姿など、鮮明な映像記録が現在も多く残されています。
ジョエルマビル火災は、近代的な建築物であっても、非常口、可燃性内装、スプリンクラー設備等の基本的な防火対策が不十分であれば、どれほど恐ろしい結果を招くかを示した悲劇です。この経験は、世界中の高層建築における安全設計の重要性を改めて問い直す教訓となりました。
ジョエルマビルは1969年に着工し、1972年に完成したばかりの比較的新しいビルでした。下層階が駐車場、その上がオフィスフロアとなっており、多くの銀行や企業がテナントとして入居していました。冷暖房完備など、当時の基準では進んだ設備を持つ一方で、致命的な防火上の欠陥を抱えていました。最大の欠陥は、避難用の非常口が存在せず、避難経路が中央のエレベーターシャフトとそれに付属する階段のみに限られていた点です。もしこれらが使用できなくなった場合、逃げ場が全くなくなる構造でした。さらに、ビルの内装材はほとんどが可燃性のものでした。木材や合成樹脂で作られた間仕切りに加え、カーテンや絨毯なども燃えやすい素材が使用されており、ひとたび火がつくと火の回りが非常に速かったのです。特に合成樹脂は燃焼時に有毒ガスを発生させる危険性も伴いました。スプリンクラー設備は設置されておらず、防火扉や防煙壁といった延焼・煙の拡散を防ぐ設備も不十分でした。これらの不備により、火災が発生すれば瞬く間に全体へ広がる可能性を秘めていたのです。
悲劇は、多くの従業員が出勤していた午前8時50分頃に始まりました。北側のオフィス棟（ノースタワー）12階の窓上部に設置されていたエアコン室外機がショートし、そこから火花が飛び散って出火したのです。午前9時10分頃には、隣接するビルからの通報で消防署が火災を知りました。初期の炎は12階の可燃性内装に燃え移り、窓を破壊しながら勢いを増しました。炎は建物の中心にあるエレベーター棟へ延焼し、階段の吹き抜けを通して上階へと急速に広がりました。この階段部分は、あたかも煙突のように働き、火と煙を吸い上げていったため、唯一の避難経路が短時間で使用不能となってしまいました。火の手や煙が広がる前に自力で脱出できたのは約300名でしたが、残りの半数以上が逃げ遅れ、特に上層階では多くの人々が閉じ込められました。この時点で、南側の棟（サウスタワー）には火は回っていませんでしたが、ノースタワー12階から吹き出す激しい炎は強風に煽られ、やがて14階の窓ガラスを破壊し、勢いを保ったままサウスタワーにも引火しました。炎は両棟の窓伝いに上下左右へと燃え広がっていきました。
午前9時30分頃に消防隊が現場に到着し、懸命な消火活動が開始されましたが、ビル全体はすでに激しい炎と黒煙に包まれていました。エレベーター棟の出入り口付近から炎が迫り、屋上へも到達しようとしていました。ビルにはヘリポートがなかったため、屋上に避難した約171名への救助は困難を極めました。火災から逃げ場を失った人々は、窓から次々と飛び降り始めました。地上からは、消防士たちが大きな布に「CALMA（落ち着いて）」「NÃO SALTEM（飛ばないで）」といったメッセージを書いて掲げたり、多くの人々が声で思いとどまるよう呼びかけたりしましたが、約20名が転落死しました。さらに、はしご車で救助中の人々の上に飛び降りた犠牲者が落下し、救助されていた人や消防士までも巻き添えにして転落するという痛ましい二次災害も発生しました。最終的に、炎は屋上まで到達し、屋上に避難していた人々の中から約90名が救助されることなく焼死しました。また、煙が充満したエレベーターシャフトで脱出を試みた13名は、煙に巻かれて死亡しました。これらの犠牲者の遺体は激しく炭化しており、司法解剖でも身元の判別が極めて困難な状態だったといいます。これらの身元不明の遺体は、後にビラ・アルピナ墓地に埋葬されました。火災は、燃えるものがなくなった昼頃になってようやく鎮火しました。
数多くの悲劇が起こる中で、わずかながらも希望となる出来事もありました。15階に逃げ遅れた母子は、炎と煙から逃れる術を失い、窓際に追い詰められました。母親は幼い子供を抱きしめたまま窓から飛び降りましたが、奇跡的に、母親の体がクッションとなったおかげで、子供は一命を取り留めたのです。
この大惨事の現場となったジョエルマビルは、まだ築年数が浅かったことから解体されず、約4年をかけて全面的な改装が行われました。ビルに面した広場の旧名にちなんで「プラサ・デ・バンデイラビル」と改名され、現在も使用されています。この火災は、ブラジルの建築業界に大きな衝撃を与え、高層建築物に対する防火基準の抜本的な改正を促す契機となりました。偶然にも、この1970年代前半は、日本でも千日デパート火災や大洋デパート火災など、大規模なビル火災が相次いで発生していた時期でもありました。海外の事例であるにもかかわらず、ジョエルマビルの惨事は日本でも注目され、1974年には「ジョエルマビルの惨事ービル火災の恐怖ー」というドキュメンタリーフィルムが製作され、ビル火災の恐ろしさを伝える貴重な資料として、現在でも多くの自治体で保管・活用されています。また、この火災はフィクション作品にも影響を与えており、同時期公開の映画「タワーリング・インフェルノ」や、漫画「ゴルゴ13」のエピソードなど、電気系統のトラブルに端を発する高層ビル火災として描かれる作品のモデルの一つになったとも言われています。火災発生が日中であったため、当時の消火活動や、窓から脱出を試みる人々の姿など、鮮明な映像記録が現在も多く残されています。
ジョエルマビル火災は、近代的な建築物であっても、非常口、可燃性内装、スプリンクラー設備等の基本的な防火対策が不十分であれば、どれほど恐ろしい結果を招くかを示した悲劇です。この経験は、世界中の高層建築における安全設計の重要性を改めて問い直す教訓となりました。
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