ジョン・ポープル

サー・ジョン・アンソニー・ポープル（Sir John Anthony Pople）は、20世紀後半から21世紀初頭にかけて活躍した、計算化学の分野における先駆者の一人です。1925年10月31日にイギリスで生を受け、主にアメリカ合衆国で研究活動を展開しました。彼の研究は、量子化学の理論計算手法を体系化し、その実用化を大きく推進した点にあり、現代の化学研究において不可欠なツールを提供する基盤を築きました。この功績が認められ、1998年にはノーベル化学賞を受賞しています。

生涯

ポープルは1925年、イングランド南西部のサマセット州に生まれました。ケンブリッジ大学に進学し、物理学者のジョン・レナード＝ジョーンズのもとで学びました。1951年に同大学で数学の学位を取得した後、英国立物理学研究所で研究キャリアを開始しました。1964年には活動の拠点をアメリカ合衆国に移し、カーネギー・メロン大学で物理化学の教授に就任しました。その後、1986年からはノースウェスタン大学の化学科教授として、研究と教育に情熱を注ぎました。また、学術界での高い評価を受けて、1961年には権威ある英国王立協会のフェローに選出されています。

研究

ポープルの研究の中心テーマは、分子の構造や性質を量子力学に基づいて計算する分子軌道法の理論構築と応用でした。初期の重要な業績として、1953年にルドルフ・パリサーおよびロバート・パールと共同で開発した「パリサー・パー・ポープル法（PPP近似）」が挙げられます。この手法は、特にπ電子系を持つ有機分子の電子状態を比較的簡便に計算することを可能にし、当時の化学研究に大きな影響を与えました。

1960年代半ばからは、より広範な分子に適用できる「半経験的分子軌道法」の開発に力を入れました。この流れの中で、「CNDO法（Complete Neglect of Differential Overlap法）」や「INDO法（Intermediate Neglect of Differential Overlap法）」といった手法が考案され、分子の電子構造や安定性などの予測が可能になりました。これらの手法は、当時の限られた計算資源でも実行できるという利点がありました。

しかし、半経験的手法には、パラメータ設定の難しさや特定の分子系（特にd軌道を含む系）への適用性の限界といった課題も存在しました。ポープルはこれらの限界を克服するため、より原理的な「非経験的分子軌道法（ab initio methods）」の開発へと研究の軸を移しました。そして1970年、この分野における画期的な計算プログラムである「GAUSSIAN 70」を発表しました。

「GAUSSIAN」シリーズはその後も継続的に改良され、ウォルター・コーンが提唱した密度汎関数法など、新しい理論的手法が次々と組み込まれていきました。このプログラムは量子化学交流プログラム機構などを通じて世界中の研究者に提供され、分子の精密な構造最適化、反応経路の探索、分光学的性質の予測など、幅広い用途で利用されるようになりました。現在、「GAUSSIAN」はab initio計算の分野で最も広く用いられているソフトウェアの一つであり、ポープルが開発した計算手法は、実験化学と理論化学の橋渡しをし、物質科学全体の進歩に不可欠な貢献を果たしています。

受賞歴

ポープルは、計算化学の分野における卓越した功績により、数々の権威ある賞を受賞しました。主要な受賞歴は以下の通りです。

1970年：アーヴィング・ラングミュア賞
1972年：センテナリー賞
1977年：ライナス・ポーリング賞
1987年：シュレーディンガー・メダル
1988年：デービーメダル
1998年：ノーベル化学賞
2002年：コプリ・メダル

著作

研究論文の発表に加え、ポープルは以下の重要な専門書を共著しています。

J.A.Pople; W.G.Schneider; H.J.Bernstein (1959). High-resolution Nuclear Magnetic Resonance. McGraw-Hill Book Company

サー・ジョン・アンソニー・ポープルは、理論化学者として分子軌道法の発展に貢献し、特に計算化学の分野で画期的な手法とプログラムを開発したことで、現代科学に計り知れない影響を与えました。彼の研究成果は、今なお世界中の研究室で活用されています。

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