ジラール・ド・ヴィエンヌ

『ジラール・ド・ヴィエンヌ』（Girart de Vienne）は、1180年頃に生まれたとされる中世フランスの武勲詩（Chanson de geste）です。特に、フランス文学史上最も有名な叙事詩の一つである『ローランの歌』に先立つ物語として位置づけられています。作者は、同じく武勲詩『エメリ・ド・ナルボンヌ』を手がけたベルトラン・ド・バール゠シュル゠オーブと考えられています。現在伝わるのは約7000行の詩ですが、これはオリジナルの詩が再編集されたものと考えられており、原典は失われています。

この詩は、時のフランク国王シャルルマーニュ大帝と、有力な貴族であるジラール・ド・ヴィエンヌ伯爵との間に勃発する、長きにわたる深刻な対立の物語を主軸としています。物語は、若きジラールが国王シャルルマーニュの宮廷に仕える場面から始まります。ジラールの忠実な働きぶりを高く評価したシャルルマーニュは、ブルゴーニュ公の死という報せを受けると、その広大な領地と未亡人となった公爵夫人をジラールに与えることを約束し、彼を騎士に叙任します。

しかし、約束を履行しようとしたシャルルマーニュは、公爵夫人の並外れた美しさに心を奪われ、自らが彼女を妻に迎えることを一方的に決めてしまいます。公爵夫人自身は、国王ではなくジラールとの結婚を強く望み、自らジラールのもとを訪れて求婚するという大胆な行動に出ますが、ジラールはこれを無下に拒絶してしまいます。深く傷ついた公爵夫人は、結局シャルルマーニュとの結婚を受け入れ、王妃となります。

ジラールはブルゴーニュの地を得る機会を失いますが、代わりにヴィエンヌの領地が与えられます。主君であるシャルルマーニュへの感謝を示すため、ジラールは寝床に横たわる国王の足に臣従の口づけを捧げます。しかし、この時ジラールは気づきませんでした。差し出された足は、自分を拒絶したジラールへの復讐心に燃える王妃によって差し出された、彼女自身の足だったということを。王妃は、自分を退けた男が自身の足に口づけをする屈辱的な光景を密かに楽しみました。

ヴィエンヌの地に入城したジラールは、ギブールという女性と結婚し、平穏な生活を送ります。しかし、ある時、甥のエムリを通じて、ジラールは王妃による足の口づけの策略と、自らが受けた屈辱の真相を知ることになります。誇りと名誉を貶められたことを知ったジラールは激しい怒りに駆られます。彼はすぐさま兵を集めて宮廷へと向かい、王妃の首を要求してシャルルマーニュと対峙します。一方、シャルルマーニュも一歩も引かず、ジラールからヴィエンヌの権利を没収することを宣言します。ここに、国王と強力な家臣との間で、避けられない武力衝突の火蓋が切って落とされたのです。

国王軍とジラール軍の間で、何年にもわたる苛烈な戦役が繰り広げられます。戦いは膠着状態に陥り、ついにシャルルマーニュ軍はジラールの拠点であるヴィエンヌを包囲します。長期化する戦いに終止符を打つため、決着は両軍の代表者による一騎打ちに委ねられることとなります。シャルルマーニュ側からは、若き騎士ローランが選ばれました。そして、ジラール側からは、やはり若く勇猛なオリヴィエが代表として選出されたのです。

ローランとオリヴィエの一騎打ちは激しいものでしたが、ついに決着がつかないまま、神の介入によって中断されます。天使が舞い降り、戦うのではなく、手を取り合って異教徒の支配するスペインへ共に侵攻することを両者に命じたのです。この出来事をきっかけに、ローランとオリヴィエは固い友情を誓い合い、生涯を共にするかけがえのない戦友となりました。また、ローランはオリヴィエの妹である美しいオードに心を奪われ、婚約を結びます。

最終的に、シャルルマーニュとジラールも和議を結び、長きにわたる内戦は終結しました。こうして、国王軍とジラール軍は一つの大きな軍勢となり、天使の指示に従い、ピレネー山脈を越えてスペイン遠征へと出発するのです。この物語は、後の『ローランの歌』で描かれるロンスヴォーの戦いや、ローランとオリヴィエの活躍、そして悲劇的な結末へと繋がる、重要な序曲としての役割を果たしています。

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