武勲詩

武勲詩（シャンソン・ド・ジェスト）とは

武勲詩（ぶくんし、古フランス語：chansons de geste）は、中世フランス文学の黎明期に登場した叙事詩です。11世紀後期から12世紀初期にかけて、トルヴェールの抒情詩や騎士道物語よりも前に成立しました。これらの詩は、歴史的な出来事や伝説に基づき、英雄たちの武勇や冒険を描いています。

概要

武勲詩は古フランス語で書かれ、ジョングルール（吟遊詩人）によって朗読・上演されることを目的としていました。題材は、8世紀から9世紀のフランス史の伝説的な出来事、特にシャルル・マルテルやシャルルマーニュ、ルイ1世の時代におけるムーア人やサラセン人との戦いが中心でした。物語は、歴史的な要素に加えて、ファンタジーの要素も取り入れられ、巨人や魔術、怪物などが登場するようになりました。また、十字軍の体験から、東方への冒険も描かれるようになり、ゴドフロワ・ド・ブイヨンらの活躍が語られる連作詩も生まれました。しかし、13世紀から14世紀になると、歴史的・軍事的要素は薄れ、ファンタジー要素が物語を支配するようになりました。

武勲詩の主題は、後に「フランスもの」と呼ばれるようになりました。これに対して、騎士道物語の題材は「ブルターニュもの」（アーサー王物語）、「ローマもの」（トロイア戦争、アレクサンダー大王の物語など）と呼ばれました。武勲詩に登場するキャラクターは類型化されており、英雄、反逆者、裏切り者、サラセンの巨人、美しいサラセンの姫などが作品ごとに登場します。ジャンルの洗練とともに、妖精オーベロンや魔法の馬バヤールなどのファンタジー的なキャラクターも登場しました。また、シャルルマーニュのような威厳ある人物も嘲笑の対象となるなど、セルフパロディの要素も含まれています。

起源

武勲詩の起源には諸説があります。1[[9世紀]]の研究家ガストン・パリスは、武勲詩は口承の叙事詩の伝統を受け継いでいると考え、カンティレーナ（物語歌）と同一視しました。ロンスヴォーの戦いのような事件を題材とした歌が、事件直後に歌われ、それが伝説として語り継がれていったという説もあります。また、十字軍を題材とした歌も、ジョングルールや遠征に参加した人々によって語り継がれました。ガストン・パリスは、初期の歌い手は王や軍事指導者の宮廷にいたと考えましたが、確証はありません。

一方、ジョゼフ・ベディエは、武勲詩は詩人たちによって創作されたという説を支持しました。ベディエは、修道士たちが巡礼の地を知らせるために、聖人や伝説的英雄の物語を創作したと示唆しました。しかし、修道士がジョングルールの文学に手を出すことを禁じられていたため、この説には問題点も残ります。

詩形

初期の武勲詩は、類韻されたスタンザの中に10音節の詩行の集まりでした。スタンザの長さは様々で、最後の強勢の母音はスタンザのどの行とも同じですが、子音は行によって異なりました。これらのスタンザは一般的にレッセ（Laisse）と呼ばれます。後期の武勲詩は、モノライムのスタンザで作られ、スタンザの中のどの行も最後の音節に同じ押韻がされています。また、行が10音節から12音節に変わりました。

上演

武勲詩は、ジョングルールたちによって、通りすがりの聴衆やより公式な場で詠唱されました。ジョングルールたちは、中世フィドル（ヴィエール）の伴奏をつけたり、仲間と一緒に歌ったりしました。写本の中には、ジョングルールに対する注意書きや脅迫、翌日の公演の約束、金銭や贈り物の要求などが書かれています。当時の紙は高価だったため、すべてのジョングルールが（原稿を）読むことができたわけではなく、口承の伝統に頼っていたと思われます。口誦による上演は、詩行やスタンザが口承詩の決まり文句で構成され、ジョングルールが即興で詩を構築したり、観客が簡単にテーマを把握したりすることを可能にしました。

武勲詩の一覧

現存する武勲詩は約80あります。初期の武勲詩はほとんど作者不明ですが、後期のものは作者名が記されています。ベルトラン・ド・バール＝シュル＝オーブは、武勲詩が扱う「フランスもの」を、3つのサイクルに分割しました。

王のジェスト

王のジェスト(Geste du roi)は、シャルルマーニュとその直後の後継者を主人公とするもので、キリスト教の擁護者としての王の役割がテーマです。代表作には『ローランの歌』があり、その他に『シャルルマーニュの巡礼』『フィエラブラ』『アスプレモン』などが挙げられます。

ガラン・ド・モングラーヌのジェスト

ガラン・ド・モングラーヌのジェスト(La Geste de Garin de Monglane)は、ギヨーム・ド・ジェローヌ（またはギヨーム・ドランジュ）を中心に、反キリスト教（イスラム教）との戦いを通して、騎士たちが土地と栄光を得ようとする物語です。代表作には『ギヨームの歌』『ルイの戴冠』『ニームの荷車隊』『オランジュの陥落』『アリスカン』などがあります。

ドーン・ド・マイヤンスのジェスト

ドーン・ド・マイヤンスのジェスト(Geste de Doon de Mayence)は、王権に対する大逆と謀反を扱っています。どの作品も反逆者の敗北で終わり、反逆者は後悔します。代表作には『ジラール・ド・ルシヨン』『ルノー・ド・モントヴァン』『ラウール・ド・カンブレー』などがあります。

その他のサイクル

ロレーヌ・サイクルは、ロレーヌ地方の歴史的出来事を描いた地方的なサイクルです。十字軍サイクルは、第1回十字軍とその後の出来事を扱っています。その他に、どのサイクルにも属さない武勲詩も存在します。

遺産と適用

武勲詩が創造した神話は、ジャンルの衰退後も生き続けました。トルクァート・タッソの『リナルド』、ボイアルドの『恋するオルランド』、アリオストの『狂えるオルランド』といった作品は、武勲詩に登場するシャルルマーニュの12勇士の伝説に基づいています。また、エドマンド・スペンサーの『妖精の女王』などのイギリス文学作品にも影響を与えました。ヴォルフラム・フォン・エッシェンバッハは、ギョーム・ド・ジェローヌの生涯を基に『ヴィルハルム』を著しました。さらに、武勲詩はアイスランドのサガ『Karlamagnús』にも記録されています。

1[[9世紀]]まで、武勲詩はアーサー王物語と同様に重要な文学作品として扱われていました。「フランスもの」が「ブルターニュもの（アーサー王物語）」によって影が薄くなったのは、1[[9世紀]]後半から20世紀にかけてです。

物語的構造

武勲詩の物語的構造は、一般的にナルレーム（物語素）に基づいていると考えられ、『ニーベルンゲンの歌』やクレオール言語の伝説との比較研究も行われています。

脚注

参考文献：

『騎士道〈武勲詩要覧〉』武田秀太郎抄訳、中央公論新社、2020年。
渡邉浩司「『ロキフェールの戦い』における妖精モルガーヌ―「アーサー王物語」の「武勲詩」への影響―」『人文研紀要』第102巻、中央大学人文科学研究所、2022年。

関連項目：

スペインの武勲詩
アングロ＝ノルマン文学
騎士道物語
フランス語の「ファンタスティック」

外部リンク：

La Chanson de Geste
『武勲詩』 - コトバンク

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