スカラー電磁波

スカラー電磁波（スカラーでんじは、英語: scalar electromagnetic wave）とは、主に物理学者のトーマス・ベアデン（Thomas E. Bearden、1930年 -）によって提唱された、仮説上の電磁波概念である。この理論は、19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍した発明家ニコラ・テスラの研究、特に彼が探求したとされる「テスラ波」や「非ヘルツ波」といった概念に触発されているとされる。ベアデンは、サイコトロニクス協会やニコラ・テスラ協会に所属し、1991年に発表した著作『Gravitobiology: A New Biophysics』などでスカラー電磁波に関する主張を展開した。

特徴と従来の電磁波との違い

既存の物理学において、電磁波は電場と磁場の振動が組み合わさって空間を伝わる現象として記述される。これらの電場と磁場は進行方向に対して垂直に振動する性質を持ち、これは数学的には「ベクトル」として表現される。ベクトルには方向と大きさがあり、電磁波の進行方向や偏光といった性質を記述する上で不可欠である。

一方、スカラー電磁波は、その名の通り「スカラー」として扱われる波であると提唱されている。スカラーは方向を持たず、大きさのみで表される物理量である。スカラー電磁波の概念では、従来のベクトル的な電磁波とは異なる、方向性のないエネルギーの伝播形態が存在するとされる。この点が、既存の電磁気学の枠組みからは大きく逸脱しており、標準的な物理学理論ではその存在を説明することが困難である。

科学的評価と疑似科学の領域

スカラー電磁波の概念は、現在のところ科学的な実証や、それを裏付ける実験的証拠が得られていない。このため、主流の科学界においては、スカラー電磁波は確立された物理現象とは見なされておらず、仮説の域を出ない、あるいは疑似科学に分類される概念とされている。その具体的な性質や生成・検出方法が不明瞭であること、また既存の物理法則と整合しない点が、科学的に認められない主な理由である。

しかし、スカラー電磁波は科学界の外で、フリーエネルギー、未確認飛行物体（UFO）、心霊現象、代替医療、あるいは秘密兵器やマインドコントロールといったオカルト的、陰謀論的、疑似科学的な言説と結びつけられて語られることが多い。未知のエネルギー源や既存技術では説明できない現象の「原因」として持ち出される傾向が見られる。

社会現象との関連：パナウェーブ研究所の事例

スカラー電磁波が日本社会で一時的に広く知られるきっかけとなった出来事の一つに、2003年に発生した「パナウェーブ研究所」を巡る騒動がある。この団体は、白い装束をまとった集団としてメディアの注目を集めた。

パナウェーブ研究所の主張の核の一つに、人体に有害な「スカラー電磁波」が存在するというものがあった。彼らは、特定の組織（具体的には「共産ゲリラ」などと主張されていた）がこのスカラー電磁波を用いて攻撃を行っていると信じ、その影響から身を守るために白い布をまとったり、白い布で覆われた車両で移動したりした。白い布はスカラー電磁波を反射または吸収する効果があると信じられていたようである。

彼らの集団行動や奇抜な外見は社会的な関心を集め、一時は道路の封鎖や警察との小競り合いに発展するなど混乱を引き起こした。この騒動を通じて、「スカラー電磁波」という言葉が一般にも知られることとなったが、パナウェーブ研究所の主張も、スカラー電磁波の存在自体と同様に、科学的な根拠に基づかないものであったとされている。

スカラー電磁波が語られる文脈

スカラー電磁波が論じられる文献やコミュニティは、多くの場合、主流科学とは異なる視点や、未解明とされる現象に関心を寄せる層に限定される傾向がある。例えば、参考文献として挙げられる『フリーエネルギーの挑戦』のような書籍は、既存のエネルギー技術に対するオルタナティブなアイデアや、いわゆる「フリーエネルギー」の可能性を探求する文脈で書かれており、スカラー電磁波がそうした議論の中で取り上げられることが少なくない。これは、スカラー電磁波が、従来の物理学では説明できない未知のエネルギー伝達手段として期待されたり、あるいは逆に、既存の物理法則ではありえないエネルギーの発生源と結びつけられたりするためであろう。

結論として、スカラー電磁波は、トーマス・ベアデンがニコラ・テスラの着想を元に提唱した仮説的な電磁波概念であり、方向を持たないとされる特異な性質を持つとされる。しかし、科学的な実証や根拠は皆無であり、主流科学からは認められていない。主に疑似科学やオカルト、陰謀論などの文脈で使用され、過去には特定の団体の奇行の根拠としても主張された経緯を持つ言葉である。

もう一度検索