スピリット百瀬

スピリット百瀬（本名：大嶽重幸、1947年12月11日 - 2020年5月4日）は、愛知県出身の日本のプロマジシャンです。

彼は特に、観客のごく近くで披露する、繊細な手さばきによるカードマジックやコインマジックを得意としました。その卓越した技術は、国内外で高く評価されています。

マジックの道

百瀬氏は1967年に名古屋から上京し、日本奇術連盟の会長を務めた長谷川治子氏のもとで修行を積みました。さらに、沢浩氏、石田天海氏、高木重朗氏といった日本のマジック界を代表する巨匠たちからも教えを受けています。

国際的な活躍と独自の技

1972年にはPCMA（Pacific Coast Magicians Association）のハワイ大会に出場し、1995年にはSAM（Society of American Magicians）の全米ボストン大会にゲストとして招かれました。その国際的な舞台での活躍は、彼の技術が世界に通用するレベルであったことを示しています。

彼は独自の技法を編み出すことでも知られ、特に「カード投げ」と呼ばれるオリジナルの技法をテレビ番組で披露し、多くの人々を驚かせました。精密にコントロールされた手先から放たれるカードは、まさに彼ならではのものでした。

「神の手」と称された求道者

スライハンドマジックを深く追求し続けたことから、百瀬氏はプロ・アマ問わず多くのマジシャンから深い尊敬を集めました。その技量は「カードの達人」「マジックの求道者」「孤高のマジシャン」「神の手のマジシャン」といった様々な尊称で呼ばれるほどでした。彼のマジックへのひたむきな姿勢と、たどり着いた高みは、後進にとって目標であり続けています。

人物像と波乱の人生

マジシャンとしての活動に加え、一時、名古屋の百貨店・松坂屋の手品売場でディーラーを務めた経験もあります。また、マジックとは別にクラシックギターにも深い興味を持ち、「アルハンブラの思い出」などを演奏することもありました。

彼は無類の酒好きとしても知られ、仕事が終わるとアルバイトの仲間を連れて立ち飲みに行ったり、居酒屋で好物のレバー刺しなどを肴に一杯やるのが常でした。その後、近隣のデパートでディーラーをしていたマジシャン仲間であるパピヨン大西氏の元に立ち寄り、皆で食事をしながら延々とマジック談義に花を咲かせたといいます。大西氏はメロンジュース、百瀬氏はビールを片手に語り合ったその時間は、彼にとって大切なひとときだったのでしょう。

ダンディな雰囲気を持つ一方で、少々ナイーブな一面も持ち合わせていました。特に緊張するような場面では、売り場を一時抜け出して近所の酒屋で一杯ひっかけ、酒気を帯びたまま仕事に戻ることもあったそうです。

プロとしてステージに立つようになってからも、次第に酒量が増え、アルコールに溺れるようになり、ついにはステージを放棄するほどになってしまいます。やがて行方不明となり、数年間ホームレス生活を送っていた時期もありました。しかし、古いマジシャン仲間に偶然再会し、その説得によって入院、断酒に成功します。そして、再びマジシャンとして舞台に戻ることができました。

彼はライブなどで、ホームレス時代の壮絶な経験を語ることがありました。その中で語られた、「何にもないけど時間だけはあった。枯れ葉を拾ってきてカードの消失や出現を何時間でもやっていた。手品だけは捨てられないんだと思った」という言葉は、マジックへの彼の揺るぎない、純粋な情熱を物語っています。

著作・関連作品

彼のマジックは、2006年に発売されたレクチャービデオ『スピリット百瀬神の手のマジシャン・レクチャービデオDVD-BOX（四本セット）』にまとめられています。また、マジック研究家の荒木一郎氏の著書『テクニカルなコインマジック講座』（2005年）および『テクニカルなカードマジック講座』（2004年、2006年）に付属するDVDにもゲストとして出演し、その技術を披露しています。

波乱に満ちた人生を歩みながらも、最期までマジックへの情熱を燃やし続けたスピリット百瀬氏は、日本のマジック史において、その高度な技術と唯一無二の存在感によって、今なお多くの人々の記憶に残る伝説的なマジシャンです。

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