セピア

セピア（sepia）は、温かみのある茶色系の色を指す言葉です。この色名の起源は、その名の通り、ある生物の分泌物にあります。古代ギリシャ語でコウイカを意味する「σηπία（sēpia）」が語源であり、このイカが持つ墨に由来しています。

古くから地中海沿岸地域では、コウイカをはじめとするイカ類は食用とされる一方、その墨はインクとしても利用されていました。イカ墨は優れた耐光性と耐水性を備えていたため、特にペン先を浸して使うつけペン用のインクとして長らく重宝されました。しかし、イカ墨の粒子は比較的粗いため、後に普及する万年筆ではペン先を詰まらせる原因となりやすく、次第にインクとしての使用は廃れていきました。

一方で、このイカ墨から作られる顔料は、その独特の色合いから「セピア色」として知られるようになりました。古代においては悪臭や色あせの問題がありましたが、近世になると、イカ墨をアルカリ溶液で処理し、塩酸で沈殿させた顔料を乾燥させて使う方法が開発され、安定した茶色の顔料として西洋各地に広まっていきます。この過程で、「sepia」という単語は、単にコウイカやその墨だけでなく、墨から作られる顔料、そしてその色そのものを指す言葉へと意味を広げていきました。

19世紀末、セピア色のインクが新聞や雑誌の印刷に使われるようになると、この色は一般にも広く認知され、人気を博しました。同時期には、写真の世界にもセピア色が影響を与えます。初期の白黒写真、特に「鶏卵紙」という支持体を用いた写真では、時間の経過や環境によって紙が黄ばみ、画像部分の色が退色することで、全体が特徴的な茶色みを帯びていく現象が見られました。この経年劣化による色合いが「セピア色」として認識されるようになり、やがてセピア色は「古い写真の色」、さらには「過ぎ去った時代」「懐かしさ」といった、古風で感傷的なイメージを象徴する色として人々に定着しました。現在でも、写真を意図的にセピア調に加工することで、レトロな雰囲気を演出することがよく行われます。

天然のイカ墨色素の主成分はメラニンですが、現在市販されている絵具や画材として提供されるセピア色の顔料は、多くの場合、酸化鉄や酸化マンガンといった無機顔料を調合して作られており、天然のイカ墨が直接使用されているわけではありません。

日本においては、日本工業規格（JIS）の慣用色名としてセピア色が定義されています。JIS系統色名では「暗い灰みの茶」と分類されており、特定の色合いが標準として定められています。

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