ソニア・リキエル

フランスのファッション界において、「ニットの女王」としてその名を馳せたソニア・リキエル（Sonia Rykiel）は、1930年 5月25日にパリ近郊のヌイイ＝シュル＝セーヌで生を受けました。彼女の生家は、ルーマニア出身の時計職人の父とロシア出身の母を持つ、ユダヤ系中流ブルジョワ家庭でした。17歳になると、パリ市内の服飾生地店で働き始め、特にウィンドウディスプレイの才能を発揮しました。

デザイナーとしてのキャリアは、意外な形で幕を開けます。1954年にブティック経営者のサム・リキエルと結婚した後、妊娠中に自分が本当に着たいと思えるようなマタニティウェアがないことに気づき、自らセーターをデザイン・制作したのです。この自作セーターが、後に彼女の運命を大きく変えることになります。

特に評判を呼んだのは、「Poor boy sweater」（貧しい少年のセーター）と名付けられたニットウェアでした。身体にフィットする細身のシルエットと、快適な着心地が特徴のこのセーターは、夫のブティックで販売されると瞬く間に人気を集めます。ファッション雑誌『ELLE』に掲載されたことで注目度はさらに高まり、女優のオードリー・ヘップバーンが14色すべてを購入したというエピソードは、その人気ぶりを象徴しています。この初期の成功が、ソニア・リキエルをファッションデザイナーへの道へと本格的に導きました。

1968年5月、パリで五月革命の嵐が吹き荒れる中、彼女は自身の名を冠したメゾン「ソニアリキエル」を設立します。それまで日常着のイメージが強かったニットウェア、特に子供や若者が着る素朴なセーターに、ボーダー柄やスパンコールなどの装飾を取り入れ、エレガントでファッショナブルなアイテムへと昇華させた功績は計り知れません。彼女の革新的なアプローチにより、ニットはモードの主役の一つとなり、ソニア・リキエルは文字通り「ニットの女王」と呼ばれるようになりました。パリのサンジェルマン・デ・プレ地区に初のブティックをオープンした後、事業は子供服、化粧品、紳士服と多角的に拡大していきました。80歳を過ぎてもなお創作活動を続けるなど、生涯現役を貫きました。娘のナタリー・リキエルもアートディレクターとしてブランドに携わっています。しかし、メゾンの経営については、2012年に株式の主要部分が香港の投資グループへ譲渡されるなど、変遷がありました。

1983年には、フランス文化省から芸術文化勲章を授与され、その功績が国内外で高く評価されました。晩年はパーキンソン病を患っており、その合併症のため、2016年 8月25日、パリの自宅で86年の生涯を閉じました。彼女の遺体は、多くの著名人が眠るモンパルナス墓地に埋葬されています。

没後も彼女の遺した功績は称えられています。2018年には、ブランド設立50周年を記念して、パリ市内にソニア・リキエルの名を冠した通りが誕生しました。

一方で、ソニア・リキエル社の経営は厳しさを増し、彼女の死後さらに悪化しました。2019年には再建型破産手続きを申請しましたが、スポンサーが見つからず、最終的に清算が決定されました。その後、フランス人実業家兄弟によって買収され、2020年から商品の販売が再開されましたが、ブランドの再建は困難を極めました。2021年には、DKNYなどを傘下に持つG-III Apparel Groupに再度買収されるなど、波乱の歴史を辿っています。

「ソニアリキエル」ブランドは、婦人服のファーストラインを筆頭に、子供服の「ソニア・リキエル・アンファン」、カジュアルラインの「ソニア・バイ・ソニア・リキエル」、化粧品の「ソニア・リキエルボーテ」、そして紳士服の「リキエル・オム」など、幅広いラインを展開していました。

日本においても、ソニア・リキエルは高い人気を誇りました。1980年代にはセゾングループが輸入販売を手掛け、その後オンワードグローバルファッション（OGF）が総代理店となりました。しかし、OGFによる展開は2017-2018年秋冬コレクションで終了。ソニア・リキエル本社が日本法人を設立し、アクセサリーを強化するなど独自の展開を図りましたが、本社が清算されたことに伴い2019年7月末をもって終了しました。ライセンス契約に基づきオンワード樫山が展開していた「ソニア・リキエルコレクション」も、2018-19秋冬コレクションを最後に幕を下ろしています。化粧品の「ソニア・リキエルボーテ」についても、アルビオンとのライセンス契約終了により2014年末に販売を終えました。

彼女の哲学や世界観は、日本語の著作としても複数出版されており、ファッションにとどまらないその豊かな思想に触れることができます。

ソニア・リキエルは、単なるデザイナーではなく、女性の解放と自由をニットという素材を通して表現した、真のモードの革命家でした。彼女の生み出したスタイルは、現代ファッションにも色濃く影響を与え続けています。

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