ソユーズ32号

ソユーズ32号ミッション概要

1979年、ソビエト連邦は宇宙ステーション「サリュート6号」を目的地とする有人宇宙飛行、「ソユーズ32号」を打ち上げました。これはサリュート6号への8度目の訪問ミッションであり、そのうち7度目のドッキング成功を果たしました。ソユーズ32号の乗組員は、後に宇宙ステーションにおける人類の滞在記録を塗り替えることになります。

搭乗したのは、船長のウラジーミル・リャホフ飛行士と操縦士のワレリー・リューミン飛行士の2名です。彼らは合計175日間を宇宙で過ごし、それまでの滞在記録を大幅に更新する偉業を達成しました。このミッション中、彼らは当初予定されていた訪問飛行士を迎えることはありませんでした。これは、後続のソユーズ宇宙船でドッキングの失敗が発生したためです。そのため、帰還用には無人のソユーズ宇宙船が別途送られることになりました。

ソユーズ32号は、1979年2月25日に2名の乗組員を乗せて打ち上げられました。この飛行の主な目的は、サリュート6号の長期運用に備え、ステーションの各システムを整備・オーバーホールすること、そして宇宙滞在期間の新記録樹立に挑戦することでした。ソユーズ32号は翌日にはサリュート6号へのドッキングに成功し、リャホフ飛行士とリューミン飛行士は、前年11月以来無人となっていたステーションを再起動しました。ステーション内部へ入った際、彼らは「焼けた鉄のような匂い」を感じ、リューミン飛行士はこの独特な香りを「宇宙の匂い」と表現しています。

ステーションでの日常業務に加え、彼らは複数の医学実験も行いました。一つは日々の気分や作業内容、食事を記録するもので、もう一つは頻繁な交信を観察し、彼らの精神状態を把握するというものでした。また、8日から10日ごとに循環器系の検査を実施し、定期的に体重測定も行いました。長期滞在のため、ミッション開始から2週間にわたって毎日2.5時間の運動を行い、1日平均3100キロカロリーの食事と2.5リットルの水分を摂取していました。

3月1日には、ソユーズ宇宙船の推進システムを利用してサリュート6号の軌道を上昇させる操作が行われました。当時、ソビエト連邦は公表していませんでしたが、サリュート6号自体の推進システムに問題が発生していたため、この操作が必要となりました。ステーションの燃料タンクから、燃料を加圧するための窒素ベローズに燃料が漏れるという問題が発生しており、エンジン自体への影響はなかったものの、関連するバルブや調節器にリスクがありました。乗組員はこの問題のあるタンクを閉鎖し、予備タンクを使用することにしました。彼らはステーションを回転させることで漏れたタンクを空にすることを試み、3月23日までに成功させ、その後タンクを窒素で満たして閉鎖しました。

ステーション内では、ウズラの卵を孵化させる実験も行われましたが、地球上よりも成長速度が遅く、奇形が見られるという結果になりました。技術的な作業としては、3月6日に宇宙で初めてはんだごてが使用され、ビデオテープレコーダーの固定修理が行われました。

3月12日には、無人補給船「プログレス5号」が打ち上げられ、2日後にステーションにドッキングしました。この補給船からは、ステーションの修理部品、予備の蓄電池、テレビモニター、新しい結晶炉、ガンマ線望遠鏡、食料など、合計約300品目、1300kgもの物資が運ばれました。さらに、ステーション用の推進剤1000kgも補給されました。3月24日には、プログレス5号で運ばれたテレビモニターが設置され、地上管制との双方向テレビ通信が可能となりました。これは、宇宙飛行士が宇宙で初めてテレビ映像を受信できるようになった画期的な出来事であり、特に長期滞在における心理的な支えとして重要でした。

プログレス5号は3月20日にステーションの軌道を上昇させ、その後、将来のミッションに備え、4月6日にはソユーズ32号自身が再び軌道を上昇させました。プログレス5号は4月3日にドッキングを解除し、その2日後に大気圏へ再突入しました。

ソユーズ33号の失敗とその影響

サリュート6号への次の訪問者となるはずだった「ソユーズ33号」は、4月10日に打ち上げられました。このミッションは、4度目のインターコスモス計画として、ブルガリア人宇宙飛行士のギオルギー・イワノフが船長のニコライ・ルカビシュニコフと共に搭乗していました。しかし、宇宙船がステーションまで1000mの距離に接近した際、メインエンジンの噴射中に異常が発生し、予定されていた6秒間の噴射が3秒で停止しました。ルカビシュニ
コフ飛行士は、機体が激しく揺れたため、計器パネルを必死に抑えなければなりませんでした。その後、エンジンの再点火が試みられましたが、これも失敗に終わりました。サリュート6号からこの様子を見ていたリューミン飛行士は、噴射中にソユーズ船後部に異常な横方向の光が見えたと報告しています。地上管制は直ちにミッション中止を決定し、乗組員に緊急帰還の準備を指示しました。これは、ソユーズ宇宙船の推進システムが軌道上で故障した初めての事例となりました。

ソビエト連邦がこの事態の深刻さを完全に明らかにしたのは1983年になってからでした。ソユーズ33号には予備エンジンも搭載されていましたが、メインエンジンの故障によって損傷を受けている可能性があり、さらに搭載されていた物資では地球帰還まで10日間も軌道上に留まることは不可能でした。サリュート6号は1000mまで接近できましたが、両機は秒速28mで離れていくため、手動ドッキングに必要な計算を行う時間はなく、また、サリュート6号にドッキング中のソユーズ32号を含め、ソユーズのエンジンの信頼性が疑われる状況では、これが最善の選択肢とはなりませんでした。

結局、ソユーズ33号の予備エンジンは予定より25秒長く噴射されたため、通常より急角度な弾道軌道を描き、乗組員は最大10Gもの大きな加速に耐えなければなりませんでしたが、ルカビシュニコフ飛行士とイワノフ飛行士は無事地球に帰還しました。

この国際ミッションの中止は、ソビエト連邦の威信に傷をつけるとともに、訪問者を迎えることを楽しみにしていたサリュート6号のリャホフ、リューミン両飛行士の士気を大きく低下させました。ソユーズ33号の飛行中止のニュースは彼らに大きな衝撃を与え、その後、彼らからの音声通信はしばらく途絶えました。この悪いムードは数日間続きました。

ソユーズ33号の失敗により、ステーションの乗組員は、自身が搭乗してきたソユーズ32号も同じ設計のエンジンを搭載しているため、信頼性に疑問のある宇宙船と共に軌道上に閉じ込められたような状況に陥りました。当初、ソユーズ33号がソユーズ32号と交代する予定でしたが、その計画は頓挫しました。設計が改修され、信頼できる新しい機体が打ち上げられるまで、彼らは緊急時にソユーズを使用できる状態を維持しつつ、サリュート内で慎重に過ごしました。この影響で、6月5日に予定されていた5度目の国際宇宙飛行も延期されました。

リューミン、リャホフ両飛行士は、当初訪問飛行士と共に行う予定だったものも含め、様々な実験を継続しました。プログレス5号で運ばれた実験装置を用いたもので、例えば、亜鉛結晶上での金属ウィスカー形成の観察や、日中の大気の多波長測定などが行われました。彼らはメーデーには5日間の休暇を取得しました。

5月13日には、約100個の物資を積んだ無人補給船「プログレス6号」が打ち上げられました。この補給船のエンジンはソユーズ33号とは設計が異なっていたため、エンジントラブルの影響を受けませんでした。積み荷の搬入に2日を要し、新しい航法ユニットが設置されました。5月22日にはプログレス6号によってステーションの軌道が上昇され、5月28日には燃料補給が完了しました。さらに6月4日から5日にかけて軌道の微調整が行われ、プログレス6号は6月8日にドッキングを解除しました。

新しい帰還機とミッション終盤

ソユーズ33号の失敗を受けて、新しい設計のエンジンを搭載した無人ソユーズ宇宙船、「ソユーズ34号」が6月6日に打ち上げられました。ソユーズ34号は6月9日にサリュート6号の空いていた後方ポートにドッキングし、試験飛行も成功裏に完了しました。これにより、ステーションの乗組員は信頼性の高い帰還機を確保することができました。無人での飛行であったため、機内にはいくつかの生物実験サンプルが搭載されていました。

一方、役割を終えたソユーズ32号には、交換された機器や処理済みの材料、露光済みのフィルムなど、2名の宇宙飛行士の体重に相当する合計130kg分の荷物が積み込まれました。ソユーズ32号は6月13日にステーションからドッキングを解除し、無人のまま地球へ帰還、カザフスタンのジェスカスガン北西295km地点に着陸しました。翌日、ソユーズ34号は前方ポートに移動し、続くプログレス7号のために後方ポートを空けました。

6月28日には、「プログレス7号」が打ち上げられ、2日後にサリュート6号にドッキングしました。この補給船は食料、植物、手紙、そして直径10mの電波望遠鏡を含む1230kgの物資を運びました。プログレス7号による軌道調整は7月3日から4日にかけて行われ、サリュート6号の運用史上最高の高度である399kmから411kmまで上昇させました。これは、その後のプログレスの飛行が予定されていなかったこと、またサリュート自身の推進システムに懸念があったことから、乗組員の帰還前に可能な限り高い軌道に上げておくという判断が下されたためです。燃料は7月17日に移送されました。プログレス7号がドッキングを解除すると、搭載されていたワイヤーメッシュ製のパラボラ望遠鏡が展開され、補給船に搭載されたカメラはその様子を地球へ送信しました。

しかし、この電波望遠鏡の展開は期待通りの結果が得られず、乗組員は8月9日にこれを放出することにしました。放出の際、アンテナがポートに引っかかるトラブルが発生し、疲労困憊していたリャホフ、リューミン両飛行士は、絡まりを解消するために8月15日に予定外の宇宙遊泳（船外活動）を行う必要に迫られました。命綱をつけたリューミン飛行士がハンドレールを使ってアンテナを捕まえ、切断しました。その後、彼とリャホフ飛行士は、ステーション外部に設置されていた実験材料を回収しました。ミッションの最終段階で行われたこの船外活動は、彼らが最良の体調ではない中での実施となり、もしもの事態に備え、彼らはソユーズ帰還モジュールの中に遺書を残していたとされています。

彼らは様々な実験で得られた結果やサンプルをソユーズ34号に詰め込み、8月19日にサリュート6号を離れました。2日後に大気圏再突入を行い、カザフスタンのジェスカスガン南東170km地点に着陸しました。約半年にも及ぶ無重力環境での滞在により、彼らの身体はかなり衰弱しており、無重力に適応した状態からの帰還は厳しいものでした（報道によると、贈られた花束が「1トンのレンガ」のように感じられたとのことです）。ソユーズ帰還モジュールからの脱出には、滑り台が用意されるほどでした。リャホフ飛行士は飛行中に5.5kg痩せ、リューミン飛行士の体重は変わりませんでしたが、二人とも下肢の体積が20%減少していました。しかし、予想されていたよりも数日早く、7日間で回復しました。

このソユーズ32号ミッションは、合計175日間にも及び、1978年のソユーズ29号ミッションで樹立された139日間の宇宙滞在記録を大幅に更新するものでした。困難を乗り越えた歴史的な成功を収めたミッションとして記憶されています。

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