ソーライス

ソーライス：昭和恐慌が生んだソウルフード

「ソーライス」とは、ウスターソースをかけたご飯のことで、昭和初期の大阪、阪急百貨店うめだ本店の大食堂で生まれた庶民の味です。略称として「ソーライ」とも呼ばれていました。

当時、大食堂の人気メニューはライスカレーでしたが、昭和恐慌の影響で、経済的に苦しい人々は、より安価な5銭のライスに、テーブルに備え付けられたウスターソースをかけて食べるようになりました。

この状況は、百貨店内部で問題視され、ライス単体での注文禁止が決定されました。しかし、当時の阪急社長、小林一三は、この状況を逆手に取りました。彼はライスのみの注文を歓迎する姿勢を表明し、「ライスだけのお客様を歓迎いたします」という貼り紙を掲示したのです。

この小林の決断には、従業員の中にも反対する声がありました。しかし小林は、将来を見据えた経営戦略として、貧しい人々を大切にする姿勢を示したのです。彼は「今は貧しいけれど、いつか結婚して家族を持つようになり、その時、ここで食べた楽しい思い出を胸に、家族を連れて再び訪れてくれるだろう」と語ったと伝えられています。

こうしてソーライスは、阪急百貨店大食堂の隠れた人気メニューとなり、広く知られるようになりました。関西の財界人たちの間では、「阪急食堂でよくソーライ食ったな！」が共通の話題となるほどでした。

景気が回復した後も、ソーライスは人気を保ち続けました。かつてソーライスで空腹をしのいだ人々が、感謝の気持ちを表すかのように、高額のチップを食器や食券の下に置いていくこともあったそうです。

ジャーナリストの花森安治は、小林一三の経営哲学について、ソーライスを例に挙げて記述しています。彼は、小林の経営を「タネから客を作って育てる仕事」と評し、昭和恐慌下で、5銭のライスにウスターソースをかけることで空腹を満たした人々こそが、将来の顧客となる可能性を秘めていたと指摘しています。

当時、ライス単体の注文を禁止する貼り紙が出た後、阪急百貨店は新聞広告で「当店はライスだけのお客さまを、喜んで歓迎いたします。」と発表しました。小林一三自身も食堂に立ち寄り、ライスだけを注文した客には、福神漬をたっぷり添え、温かい笑顔で頭を下げて接客したと言われています。

また、旧制浪速高校の生徒の間では、遠足や外出前に阪急百貨店の食堂でソーライスを食べる習慣があったそうです。同校出身の庭山慶一郎氏も、学校帰りに空腹を感じると、阪急百貨店でソーライスを食べていたと語っています。

このように、ソーライスは単なる食べ物ではなく、昭和恐慌という時代背景と、小林一三という経営者の温かい人情が織りなす、時代を象徴する一皿だったと言えるでしょう。その歴史は、現在も人々の記憶の中に生き続けています。

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