ダグウェイ羊事件

ダグウェイ羊事件：謎に包まれた大量死事件

1968年、アメリカ・ユタ州で発生した「ダグウェイ羊事件」は、数千頭の羊が突然死した謎の事件です。この事件は、近隣のアメリカ陸軍の実験施設「ダグウェイ性能試験場」での化学兵器実験との関連が疑われ、大きな波紋を呼びました。

事件の背景

ダグウェイ性能試験場は、1941年に設立されて以来、秘密裏に運営されてきました。ここでは、神経ガスの空中散布実験や炭疽菌の製造など、様々な化学兵器や生物兵器に関する研究が行われていたことが後に明らかになっています。事件が発生した1968年当時、試験場では1100件以上の化学兵器実験が行われ、大量の神経ガスが空中散布されたとされています。

事件の発生

1968年3月17日、スカルバレー地区で約3000頭もの羊が大量死しているという報告が、ユタ大学のボーデ博士を通じてダグウェイ性能試験場にもたらされました。その後の調査で、死んだ羊の数は6000頭から6400頭にも上ることが判明しました。当初、試験場の安全管理室は死んだ羊の数を3848頭と報告していました。

事件発生の数日前、ダグウェイ性能試験場では以下の3つの実験が実施されました。

化学兵器を搭載した砲弾の発射実験
神経ガス600リットルの焼却
* スカルバレーから西に43kmの区画への神経ガスの空中散布

特に3つ目の空中散布実験が、羊の大量死に深く関わっていると考えられています。

考えられる原因

事件後、様々な報告書で、前日に行われた実験が原因である可能性が指摘されました。その中でも、VXガスを搭載したF-4ファントム戦闘機が試験場上空を飛行し、散布機に残っていた少量のVXガスがスカルバレー上空で羊の群れに降り注いだという説が有力視されています。

また、実験用の化学兵器や生物兵器が試験場から流出した可能性も指摘されています。陸軍は、散布機を搭載した航空機が予定より高くまで上昇し、試験中に散布機が故障したことを示唆する発言もしていました。さらに、羊の死骸から少量のVXガスが検出されたという報告もありました。

しかし、これらの初期の推測を否定する主張も存在します。後の調査で明らかになった羊の症状が神経ガス吸引時のそれとは異なっていたという点がその根拠です。生きていた羊の多くは、動かずに地面に横たわり、餌も食べませんでしたが、呼吸は正常で内出血の兆候が見られました。これらの症状は、神経ガス吸引時の症状とは異なるとされています。さらに、周囲の他の動植物や人間には神経ガスの影響は見られませんでした。

アメリカ陸軍は、実験と神経ガスの関係を認めませんでしたが、最終的に死亡した4372頭の羊と、売り物にならなくなり処分せざるを得なかった1877頭の羊に対して、37万6685ドル（当時の市場価格の2倍）の補償金を支払いました。

事件後の影響

この事件は、アメリカの防衛政策、特に陸軍に大きな影響を与えました。国際的な非難も浴び、1969年には沖縄で貯蔵されていた神経ガス流出事故がスクープされました。同年、ニクソン大統領は化学兵器の野外実験の全面禁止を宣言しました。

この事件をきっかけに、アメリカ陸軍化学隊に対する国民の関心が高まり、大幅な縮小、事実上の解散に追い込まれました。

陸軍や州・連邦政府の関係機関は事件に関する報告書をまとめましたが、一部は「研究資料」として再分類されました。その中には、事件後30年間機密扱いだった報告書があり、そこでは陸軍がVXガスによって羊を殺したことが明確に記述されていました。この報告書は、1998年にソルトレーク・トリビューン紙上で報道され、「議論の余地はない」と結論付けていました。

報告書には、「元々のVXガスの貯蔵量は、羊を殺すに十分な量だった」とも記されていました。しかし、報告書の存在が明らかになった後も、陸軍は事件の責任を認めませんでした。1997年には国防総省が、「報告書の内容は特筆すべきものではない」として、公開を拒否しました。

さらに、事件で死んだ羊の持ち主だったレイ・ペックとその家族は、事件後、神経系の病気に苦しんでいることが報じられました。これらの症状は、低レベルのVXガス暴露によるものと類似していると指摘されています。陸軍の医学的検査では異常が見られないと記録されていましたが、実際にはペックらがVXガス暴露による兆候を示していたという指摘もあります。

ダグウェイ羊事件は、化学兵器の危険性と、政府の秘密主義がもたらす深刻な影響を浮き彫りにした事件として、歴史に刻まれています。

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