ダッカ近郊ビル崩落事故

2013年 4月24日、バングラデシュの首都ダッカ近郊のシャバールで、8階建ての商業ビル「ラナ・プラザ」が崩落しました。この事故により、1,134人が死亡、2,500人以上が負傷するという、バングラデシュ史上最悪の産業事故となりました。

事故の概要

ラナ・プラザには、複数の縫製工場、銀行、商店などが入居していました。事故当日、朝の通勤時間帯に発生したことで、被害が拡大しました。事故前日には、建物に亀裂が入っているのが発見され、使用中止の警告が出されていましたが、オーナーによって無視されました。事故後、ビルのオーナーや工場経営者らが逮捕されましたが、その対応の遅れや安全管理のずさんさが、多くの犠牲者を出す結果となりました。

事故発生から数日後、当局は生存者の捜索を打ち切り、がれきの撤去作業を開始しました。しかし、重機投入後の建物崩壊により、犠牲者数が増加したという指摘もあります。事故から17日後には、奇跡的に1人の女性が救出されました。初期調査によると、建物の構造的な問題と、上層部に設置された発電機やミシンの振動が崩壊の原因とされています。また、建物が正規の許可なしに建てられ、5階から8階部分が増築されていたことも判明しました。

この事故は、バングラデシュの縫製産業における労働者の劣悪な労働環境と、安価な労働力に依存するファストファッション業界の構造的な問題を浮き彫りにしました。事故後、労働者の賃金や労働環境は改善されましたが、被害者への補償の遅れなど、課題も多く残されています。また、この事故を教訓に、毎年4月24日は「ファッションレボリューションデー」と定められ、ファッション業界の変革を促す取り組みが行われています。

事故の背景

ラナ・プラザは、与党の青年部隊メンバーとされるソヘル・ラナが所有していました。この建物には、約5,000人を雇用する複数の衣服工場が入居しており、ベネトン、プラダ、グッチ、ヴェルサーチ、モンクレールなどの有名ブランドのアパレルを生産していました。また、ウォルマートやボン・マルシェなどからも請け負っていました。

バングラデシュ消防市民防衛によると、上層部の4つの階は無許可で建設されたものでした。ラナ・プラザの建築家は、「この建物は店舗やオフィス向けに設計されており、工場の設置には適していない」と述べています。また、一部の建築家は、店舗やオフィス用に設計された建物に工場を設置することのリスクを指摘し、構造が重機や振動に耐えられない可能性があることを警告していました。

事故前日には、テレビ局がラナ・プラザの建物に亀裂が入っている映像を放映しました。その後、建物は一時的に避難されましたが、オーナーのソヘル・ラナは、建物は安全であると主張し、労働者に出勤を指示しました。また、一部の工場のマネージャーは、出勤を拒否した労働者の給与を差し止めると脅迫しました。

崩落と救出

4月24日の朝、停電が発生し、最上階のディーゼル発電機が始動しました。その後、午前8時57分頃、建物は崩壊しました。ある地元住民は、その様子を「地震が起こったかのようだった」と語っています。崩落時、3,122人の労働者が建物内にいたとされています。

国連は救助支援を申し出ましたが、バングラデシュ政府はこれを拒否しました。救助活動は、装備が不十分なボランティアによって行われ、多くの人々が防護服を着用せずに活動しました。一部の埋もれた労働者は、救助を待つ間に、自らの尿を飲んで生き延びようとしました。バングラデシュ政府は、人命よりも国家の誇りを優先したとして批判されました。また、がれきに閉じ込められた人々の親族は、救助活動が早期に打ち切られたとして政府を批判しました。

崩落事故から17日後には、Reshmaという女性が奇跡的に救出されました。彼女はがれきの下でほぼ無傷の状態で生き残っていました。この救出劇は、多くの人々に希望を与えました。

事故の原因

事故の直接的な原因としては、以下の点が挙げられます。

構造的な問題：埋められた池の上に建設された建物、商業利用から産業利用への転換
違法な増築：許可なく3階が増築された
建築資材の質の低さ：標準以下の資材が使用された
振動による負荷：発電機やミシンの振動による建物構造への過負荷

これらの要因は、ソヘル・ラナの疑わしい商慣行と、シャバールにおけるずさんな行政慣行を示すものでした。また、事故発生前に、多くの管理上の失敗があり、早期の警告サインが無視されたことも、被害を拡大させた要因となりました。産業警察は、検査が行われるまで建物の避難を要求しましたが、これも無視されました。また、エンジニアが建物を安全でないと宣言し、更なる検査を求めたにもかかわらず、所有者は違法に3階を増築し、逮捕されました。さらに、現場を訪れた役人が、建物の安全を宣言したとの報道もあります。工場マネージャーは、オーナーが建物は安全だと伝えたため、労働者に仕事を再開させたことを報告しています。

経営と安全順守

マネージャーが労働者を工場に戻した決定には、納期を守るという圧力がありました。このことが、ファストファッション業界の短い納期にも責任の一端があることを示唆しています。一部メディアは、ファストファッションと低価格の衣料品の需要が、ブランドによる監視の欠如を招いたと主張しています。

2005年のスペクトル工場崩壊事故以降、有名メーカーは、バングラデシュの繊維産業で同様の事故を防ぐために、倫理的取引イニシアチブなどのプロジェクトを組織しました。しかし、これらのプログラムは、ラナ・プラザの崩壊を防ぐことはできませんでした。ラナ・プラザの工場で行われた社会コンプライアンス監査では、構造上の懸念が検出されませんでした。監査システムは、建物の安全性をカバーしていないことが指摘されています。

事故の影響

バングラデシュ

ラナ・プラザの崩落後、首都開発局はビルの所有者と縫製工場に対して訴訟を起こしました。シェイク・ハシナ首相は、ソヘル・ラナが与党のリストに含まれていないと述べ、ソヘル・ラナと工場経営者の逮捕を命じました。その後、ソヘル・ラナは逮捕されました。

崩落から2日後、ダッカの工業地帯で繊維労働者が暴動を起こしました。左派政党とバングラデシュ民族主義党は、容疑者の逮捕と裁判、および脆弱な工場を特定する独立委員会の設置を求めました。

労働者の日には、ダッカ中心部で労働者が安全な労働条件とラナ・プラザのオーナーの処刑を求めて抗議活動を行いました。1週間後には、生存者が未払い賃金を求めてハイウェイを封鎖しました。地方政府は、労働者に未払い給与と追加の3ヶ月分の給与を支払うことを発表しました。

6月5日、警察は、政府が約束した補償を求めて抗議する労働者たちを解散させるために空中に発砲しました。6月10日には、工場の免許を更新した7人の検査官が過失で停職処分となりました。崩落から100日後には、犠牲者を追悼する記念碑が建てられました。これは、ハンマーとつちを握った2つの拳の粗野な像でした。

2014年3月には、ソヘル・ラナに6ヶ月の保釈が与えられましたが、別の訴訟が係属中であったため、彼は釈放されませんでした。NYUスターン経営人権センターによると、バングラデシュの既製服産業を改善するための国際社会の2億8000万ドルのコミットメントにもかかわらず、検査された工場のうち、最終検査に合格できる違反を是正できたのは8つのみでした。

2016年6月14日には、ソヘル・ラナを含む17人が建築基準法違反で起訴されました。裁判は被告人が高等裁判所に控訴したため延期されました。

世界的な批判

政治家

イギリスの副首相ニック・クレッグは、消費者がどこで買い物をするかを選択する際に、より大きな力を持っていると述べました。イギリスの議員は、サプライチェーンを監査するよう政府に求め、現代の奴隷制を終わらせる法律を推進しました。

欧州委員会の委員は、労働者の状況を改善しなければ、小売業者とバングラデシュ政府がEUからの措置に直面する可能性を警告し、買い物客はどこでお金を使うかを考慮する必要があると述べました。

ローマ教皇フランシスコは、工場の労働条件に反対し、「月38ユーロで生活する」という見出しに衝撃を受け、奴隷労働は神に反すると発言しました。

擁護団体

ヒューマン・ライツ・ウォッチは、バングラデシュの工場建設における悲劇の多さに懸念を表明しました。IndustriALL Global Unionは、労働法改革を求める運動を開始しました。抗議者たちはロンドンのプライマークの店舗を包囲し、ベネトンに関連する衣類が現場で発見されたにもかかわらず、同社が補償基金に寄付していないことを批判しました。

アカデミア

NYUスターン経営人権センターは調査を行い、報告書を発表しました。その中で、バングラデシュのRMG産業を改善するためのコミットメントにもかかわらず、検査された工場のうち、最終検査に合格できる違反を是正できたのは8つのみだったことが指摘されました。

消費者

合衆国とオーストラリアの消費者は、バングラデシュの工場の不安全な労働条件に反対しました。また、バングラデシュの工場から調達している小売業者に怒りを表明しました。

ファッション業界の反応

崩落後、バングラデシュの工場と建物の安全に関する合意が作成され、多くの企業が署名しました。しかし、ウォルマートなどの企業は、合意への署名を拒否しました。その後、北米の小売業者のグループが、バングラデシュの工場の安全を改善する計画を発表しましたが、拘束力のあるコミットメントが欠けているとして批判されました。

アメリカンアパレルのCEOは、発展途上国の労働者の不適切な扱いを批判し、「奴隷労働」と呼び、最低賃金の導入を提案しました。

被害者への補償

2013年9月中旬の時点では、被害者への補償はまだ議論中で、多くの家族は生活に困っていました。一部の家族は、プライマークから補償金を受け取りましたが、これは親族の死亡のDNA証拠を提供できた家族に限られていました。29のブランドのうち、補償に関する会議に出席したのは9つのみで、ウォルマートなどの企業は署名を拒否しました。2014年3月までに、ラナ・プラザから製品を調達した28の国際ブランドのうち7つが、国際労働機関が支援する報酬基金に寄付しました。

訴訟

2014年6月15日、バングラデシュ汚職防止委員会は、設計に誤りのあるラナ・プラザを建設したとして14人を相手取って訴訟を起こしました。2015年6月1日には、警察が建物のオーナーを含む42人を殺人罪で訴えました。裁判は延期され、ソヘル・ラナを含む37人が殺人罪で起訴されました。裁判は現在も係争中です。

国際的な反応

サバールの建物の崩壊は、企業の社会的責任について幅広い議論を巻き起こしました。専門家は、企業がサプライヤーを監査する必要があり、一次サプライヤーとの直接的な関係を超える必要があると述べています。また、供給を直接制御できない場合は、可視性を向上させる必要があり、スマートテクノロジーがその役割を果たすと指摘しています。さらに、地元のパートナー、業界全体、大学との連携が不可欠であると強調しています。

労働者の福祉のために活動している組織は、政府、バイヤー、および工場の所有者に補償を求めています。また、4月24日を国内の労働安全の日と宣言するよう求めています。

ラナ・プラザの災害に関連する企業には、スペインのMango、イタリアのベネトン、フランスのAuchanなどが含まれます。

ドキュメンタリー

シェラ・カーターは、ドキュメンタリー「Rana Plaza: Let Not the Hope Die」を制作しました。また、「ザ・トゥルー・コスト～ファストファッション真の代償～」でもこの事故が取り上げられています。

この事故は、私たちの消費行動と、それが世界中の労働者に与える影響について、深く考えさせられる出来事でした。

もう一度検索