ダミー人形

ダミー人形

ダミー人形は、自動車や航空機などの乗り物が行う衝突実験において、人体が受ける衝撃を計測・分析するために開発された実物大の試験装置です。「クラッシュテストダミー」とも呼ばれます。これは人間の体格、体重、そして関節の動きなどの特性を精巧に模倣しており、実験を通じて、速度や加わる力の大きさ、加速度、トルク、体の姿勢など、様々な条件における衝撃による影響を詳細に計測します。得られたデータは、車両の安全性能評価や設計改善に不可欠な情報となります。

乗り物の安全評価に加え、学校や地域で行われる交通安全教室において、危険性を具体的に示すスケアードストレート（衝撃的な実演を見せることで危険性を認識させる手法）技法の一環として活用される例もあります。

歴史的経緯と進化

ダミー人形の開発は、第二次世界大戦中の軍事技術開発が契機となりました。当初は軍用機のパイロットの安全研究などを目的としていましたが、後に民間における自動車の衝突安全研究にも応用されるようになります。初期には、特定の体格（例えば身長約180cmの成人男性）を模したモデルが主流であったため、シートベルトの適合性などで課題が生じることもありました。この反省から、現代では様々な体格や年齢に対応した複数のサイズのダミー人形が使い分けられています。

初期に広く用いられたモデルとして「ハイブリッドIII」がありますが、これは主に正面衝突の評価に特化していました。そのため、側面からの衝突や後面衝突、あるいは車両の横転といった様々な事故形態における人体への影響を詳しく調べるためには不向きでした。このニーズに応える形で、後に側突専用のダミー人形など、特定の衝突方向や状況に特化したモデルが開発され、ラインナップが拡充されていきました。

日本国内における衝突実験では、2021年時点では海外からの輸入に頼る部分が大きいものの、わずかながら日本のメーカーも存在しています。

種類と価格

ダミー人形には様々な種類があり、その価格や体格はメーカーやモデルによって大きく異なります。高度なセンサーを多数搭載し、広範囲なデータを取得できる基幹モデルは、ベースとなる人形だけでも1000万円から3000万円もの高価なものがあります。一方で、車両にはねられる様子を観察したり、シートに長時間座らせて素材の変形を確認するといった比較的単純な目的で使用されるモデルであれば、最低数万円程度から入手可能なものもあります。

また、成人型とは別に、子ども型のダミー人形も開発されています。これは、子どもの体格だけでなく、成長段階に応じた骨格構造や関節の動き方の違いをより正確に再現する必要があるためです。ダミー人形の耐用回数も、実施するテスト内容や加わる衝撃の大きさによって異なります。

人型ダミー人形が一般的ですが、特定の動物（例：イノシシなど）との衝突実験に用いる動物型のダミー人形も存在しています。

代表的な人型ダミー人形の種類には以下のようなものがあります。

SID (Side Impact Dummy): 側面からの衝突（側突）を研究するために設計されたダミー人形です。
BioRID: 車両が追突された際の後面衝突における、特に頸部への影響を評価するために開発されました。
CRABI: 乳幼児を対象とした子ども型のダミー人形です。生後6か月、12か月、18か月といった月齢別に異なるモデルが存在します。
FGOA (first generation obese anthropometric): 肥満体型の成人の体格を模倣したダミー人形です。
* THOR: ハイブリッドIIIの後継にあたる、より先進的な前突衝突試験用成人男性型ダミー人形です。人間の構造をより詳細に模倣しており、多くの計測チャンネルを備えることで、複雑な生体応答データを取得することが可能です。

現状と将来

近年、コンピュータを用いた衝突シミュレーション技術が飛躍的に発展しており、物理的なダミー人形による試験回数を減らそうという動きが見られます。しかし、完全にダミー人形が不要になるわけではありません。自動車専門ウェブサイトの記事などが伝えるところによれば、シミュレーションの精度を高めるために不可欠な検証用データは、依然として物理的なダミー人形を用いた実験を通じて得られています。また、法規制の変更時や全く新しい車種を開発する際には、実物を用いた衝突試験が必須となるため、ダミー人形の需要がゼロになることはありません。

むしろ、一度の衝突試験からより多くの有用なデータを抽出したいというニーズは高まっており、センサーの設置数を増やすなど、ダミー人形自体の計測能力や精度を向上させる高度化開発は今後も進展していくと考えられています。

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