チェロ協奏曲 (グルダ)

フリードリヒ・グルダの『チェロと吹奏楽のための協奏曲』（ドイツ語原題：Konzert für Violoncello und Blasorchester）は1980年に作曲された作品で、従来のチェロ協奏曲の概念を大きく覆す、他に類を見ない独創的な作品として知られています。

作曲の背景と初演

この協奏曲は、著名なチェロ奏者であるハインリヒ・シフの依頼を受けて作曲されました。作曲家自身もまたピアニストとして知られるグルダは、自らの著書の中で、シフがこの曲の予想外の成功に戸惑っている様子を面白おかしく語っています。

作品はハインリヒ・シフと、当時のオーストリア首相であったブルーノ・クライスキーに献呈されています。

初演は1981年10月9日、ウィーンのコンツェルトハウスで行われました。チェロ独奏は委嘱者であるハインリヒ・シフが務め、グルダ自身が指揮台に立ち、ウィーン管楽アンサンブルが演奏を担当しました。

作品の特色と音楽語法

本作品の最大の特徴は、その型破りな編成と、多岐にわたる音楽ジャンルの融合にあります。

従来のチェロ協奏曲がオーケストラを伴奏とするのに対し、この作品は吹奏楽（管楽合奏）を基盤としています。さらに、クラシック音楽では通常用いられないドラムセットやエレクトリックギター、ジャズベースといった楽器が大胆に加えられています。

音楽スタイルも同様に斬新です。単なるクラシック音楽の枠に収まらず、力強いロックのリズム、洗練されたジャズのハーモニー、そしてオーストリアの山村のブラスバンドを思わせるような底抜けに明るい民族音楽など、多様な音楽語法が自在に組み合わされています。これは、クラシック、ジャズ、ロックといったジャンルの壁を越え、常に新しい音楽表現を追求したグルダならではのアプローチと言えるでしょう。

楽器編成と奏者への指示

スコアには、この特殊な編成に関する具体的な指示が記載されています。

独奏チェロ、ギター、ジャズベースにはPAシステムを使用することが指定されています。これは、大編成の吹奏楽サウンドの中でこれらの楽器の音を際立たせるための措置と考えられます。
奏者の選定についてもユニークな指示があります。木管楽器、ホルン、チューバ、コントラバスはオーケストラの経験を持つ奏者が適任とされている一方で、トランペット、トロンボーン、ギター、ジャズベース、ドラムについては、ジャズやビッグバンドでの演奏経験がある奏者が求められています。これは、各パートに要求される音楽スタイルに対応するための、グルダの明確な意図を示しています。

楽曲の構造

作品は全5楽章で構成されており、全体の演奏時間は約30分です。

各楽章はそれぞれ異なる性格を持ち、この協奏曲の多様性を映し出しています。

1. 序曲（Ouverture）
速度指定：♩=約126
ロックのリズムに乗るエネルギッシュな楽章。伝統的なクラシック演奏の慣習、特に過度なヴィブラートから離れた自由な表現が求められます。

2. 牧歌（Idylle）
速度指定：Getragen (♩=約58)
「荘重に」といった意味の指示通り、ゆったりとした美しい音楽が展開されます。ザルツカンマーグート地方ののどかな風景を想起させると評されています。

3. カデンツァ（Cadenza）
速度指定：Quasi rezitativo, frei im Tempo, zunächst eher langsam
独奏チェロによる華麗で技巧的な楽章です。「レチタティーヴォのように、テンポは自由に、最初はむしろゆっくりと」という指示があり、奏者の表現力が問われます。

4. メヌエット（Menuett）
速度指定：Sempre un poco misterioso (♩=約76)
「常に少しミステリアスに」との指示がある、空想的でユニークな雰囲気を持つメヌエットです。

5. 終曲：行進曲風に（Finale alla marcia）
速度指定：(♩=約144)
行進曲のリズムで進行する楽章。オーストリアの村のブラスバンドを思わせるような、底抜けに陽気で民族音楽風のフィナーレを飾ります。

主な録音

この作品は、初演以来多くのチェリストや指揮者によって演奏・録音されています。代表的なものとしては、初演時のメンバーによる録音（1981年）、ハインリヒ・シフ独奏・グルダ指揮による映像録音（1988年）、井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢による録音（2010年）などが挙げられます。

グルダの『チェロと吹奏楽のための協奏曲』は、作曲家の自由な精神とジャンルを横断する音楽性が結実した、20世紀後半のユニークな協奏曲の一つとして、今日でも多くの音楽ファンに聴かれています。

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