チキンティッカマサラ

チキンティッカマサラ：イギリスで生まれたインドの味

チキンティッカマサラ（英語: Chicken tikka masala、ヒンディー語: चिकन टिक्का मसाला）は、その名の通りインド料理に分類されますが、実はイギリスで誕生したというユニークな経歴を持つカレー料理です。本国インドには存在しない、イギリス発祥の「逆輸入」的なインド料理として知られています。

料理の特徴

この料理の主役は、タンドール窯で香ばしく焼き上げられた鶏肉、すなわちチキンティッカです。この焼き鶏を、トマトとクリームをふんだんに使った濃厚でまろやかなカレーソースでじっくりと煮込んで仕上げます。一般的なインドカレーと比べて刺激的な辛さは控えめで、そのクリーミーかつ穏やかな風味が最大の特徴と言えるでしょう。子供から大人まで、また辛いものが苦手な人でも楽しめる、親しみやすい味わいが魅力です。

誕生の歴史と背景

チキンティッカマサラの誕生は、1960年代のイギリスに遡るとされています。当時のイギリス国内にあったインド料理店で考案されたと伝えられていますが、具体的な発祥地については、ロンドン、バーミンガム、グラスゴーなど、いくつかの都市の名前が挙がっており、確定していません。考案者としては、グラスゴーのレストラン経営者であったアフメド・アスラム・アリ氏の名前がよく知られています。

誕生に関するエピソードとして最も語られているのが、イギリス人顧客の要望に応える形で生まれたという説です。タンドールで焼かれたままのチキンティッカは、水分が少なくやや淡白な食感になりがちです。ある時、イギリス人のお客が、このチキンティッカを「もっとしっとりさせてほしい」「ソースをかけてほしい」と注文したことがきっかけになったと言われています。

この背景には、当時のイギリスの食習慣があったと考えられます。イギリスのレストランでは、提供された料理に卓上の調味料（ソースなど）を加えて自分好みの味に調整するというスタイルが一般的でした。また、イギリスにはサンデーローストという伝統的な習慣があり、日曜日に大きな肉塊を焼いて、その残り肉を平日の食事に活用していました。この残り肉を使った料理の一つに、ローストビーフなどをカレー風味のソースで煮込んだイギリス式カレーが存在しました。チキンティッカマサラは、インド料理でありながら、このイギリス式カレーが持つ「ソースで煮込む」という発想を、本場のインド料理が逆輸入するような形で取り入れた料理だと言えるでしょう。

イギリスでの絶大な人気

誕生から数十年を経て、チキンティッカマサラはイギリス国内で圧倒的な人気を獲得しました。ある有名な調査では、イギリスで提供されるレストラン料理の中で最も人気が高いと評価されたこともあります。国内のインド料理店で注文されるカレー料理のうち、およそ7食に1食がチキンティッカマサラであるというデータもあり、その浸透ぶりは驚くほどです。

この料理の人気は、特定の民族や文化圏の人々に留まりません。あらゆる人種や背景を持つイギリス国民から広く支持されています。こうした状況を受けて、かつてイギリスの外務・英連邦大臣を務めたロビン・クック氏は、2001年の演説の中で、チキンティッカマサラを「イギリスの真の国民食」と称賛しました。この発言は、多文化社会としてのイギリスを象徴する言葉として大きな話題となりました。

現在の広がり

誕生の地であるイギリスだけでなく、現在では世界中の多くのインド料理店で提供されるようになり、国際的な知名度も確立しています。国や地域によっては、レシピに若干のアレンジが加えられていることもありますが、クリーミーでまろやかなトマトベースのソースでチキンティッカを煮込むという基本スタイルは共通しています。イギリスの食文化とインドの料理が見事に融合して生まれたチキンティッカマサラは、今や世界中で愛される一品となっています。

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