チャイニーズハムスター卵巣細胞

CHO細胞とは

チャイニーズハムスターの卵巣組織に由来する細胞株であるCHO細胞（Chinese Hamster Ovary cells）は、現代の細胞生物学、医学研究、そしてバイオ医薬品産業において極めて重要な役割を担っています。この上皮細胞由来の細胞株は、その特異な性質と培養のしやすさから、遺伝学、毒性物質のスクリーニング、細胞栄養学の研究など、多岐にわたる基礎研究に利用されてきました。特に、ヒトの疾患を治療するための組換え治療用タンパク質を効率的に生産するための細胞工場として、CHO細胞は世界中で最も広く使用されている哺乳類細胞株となっています。

歴史的背景

実験動物としてのチャイニーズハムスターの歴史は古く、1919年には肺炎球菌の研究でマウスの代替として使用されています。その後、カラアザール（内臓リーシュマニア症）の研究における優れたベクターとしての有用性も明らかになり、リーシュマニア症研究の進展に貢献しました。アメリカ合衆国で研究目的の飼育が始まったのは1948年です。
CHO細胞株の原型は、1957年に分子生物学者であるセオドア・パック博士が、ボストン癌研究財団のジョージ・ヤーゲニアン博士の研究室から入手したメスのチャイニーズハムスターを用いて樹立されました。この細胞が研究用の細胞株として選ばれた主な理由は、液体培地中で均一に分散して増殖する「懸濁培養」に適しており、かつ目的のタンパク質を効率よく生産できる能力を持っていたからです。さらに、チャイニーズハムスターは哺乳類としては非常に少ない染色体数（2n=22）を持つため、放射線を用いた細胞遺伝学研究や組織培養におけるモデル系としても適していたことが、その後のCHO細胞の普及を促進する要因となりました。

細胞の特性

CHO細胞株の一般的な特性として、全ての株がプロリンというアミノ酸を自ら合成できない（プロリン栄養要求性を示す）という点が挙げられます。この性質は、特定の代謝経路や栄養素の影響を調べる研究で利用されることがあります。
また、CHO細胞は天然には上皮成長因子受容体（EGFR）を発現していません。この特徴は、様々なEGFRの変異が細胞の増殖やシグナル伝達に与える影響を研究する際に、EGFRシグナルの影響を受けにくいバックグラウンド細胞として非常に都合が良く、EGFR関連の研究において重要なツールとなっています。

産業における主要な役割

CHO細胞が現代のバイオテクノロジー産業において最も重要な役割を果たしているのは、治療効果を持つ組換えタンパク質の工業的生産分野です。現在、世界中で使用されている多くの抗体医薬品や他の組換えタンパク質製剤は、CHO細胞を用いて製造されています。CHO細胞は、1リットルの培養液あたり3～10グラムといった高い収率で目的の組換えタンパク質を生産することが可能であり、この高い生産能力が商業的な大量生産に適しています。
加えて、CHO細胞はヒトの細胞に近い翻訳後修飾（タンパク質に糖鎖などが付加されるプロセス）を行う能力を持っています。この修飾は、タンパク質が生体内で適切な機能を発揮し、安定性を保つために不可欠です。CHO細胞で生産された組換えタンパク質は、ヒトに投与された際に生体内での機能が維持されやすく、安全性も高いため、ヒト用医薬品の製造に特に適しています。
これらの特性から、CHO細胞はバイオ医薬品製造における標準的なプラットフォームとして確立されており、今後も新たな治療法の開発に不可欠な存在であり続けるでしょう。

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