ツェンダップ・フォルクスアウト

フォルクスアウト：フォルクスワーゲン誕生への序章

1930年代初頭、世界恐慌の影が濃くなる中、ドイツのツェンダップ社は新たな事業として小型車の開発に着手しました。しかし、同社にはその技術がありませんでした。そこで白羽の矢が立ったのが、後のフォルクスワーゲン生みの親となるフェルディナント・ポルシェです。

ツェンダップ社のオーナー、ノイマイアー氏は1925年から小型車開発構想を抱き、イギリスから小型車を輸入して研究を重ねていましたが、実現には至りませんでした。1931年、オートバイ事業の不振から、小型車生産に活路を見出そうとしたのです。

ポルシェはツェンダップ社の依頼を受け、1931年春から設計を開始しました。ポルシェ自身は水平対向4気筒空冷エンジンを推奨しましたが、ツェンダップ社の意向により、1リットル5気筒25馬力の水冷星型エンジンを搭載することになりました。

しかし、エンジンの形式を除けば、フォルクスアウトは後のフォルクスワーゲン・タイプ1（ビートル）の原型ともいうべき画期的な設計思想が盛り込まれていました。セントラル・バックボーン・フレームのシャシ、トランスバース・リーフスプリングを用いた四輪独立懸架サスペンション、後車軸のすぐ後ろにエンジンを置き、その前にトランスミッションを配置するレイアウトなど、革新的な技術が採用されたのです。

ポルシェは1931年12月から設計図作成に着手し、1932年4月に設計を完了。同年中には試作車を3台完成させました。厳しい走行テストを経て、量産体制への移行は目前と思われたものの、事態は急転直下します。

1933年、ツェンダップ社のオートバイ事業が回復に転じ、小型車生産の優先順位が低下しました。加えて、小型車の開発・生産費用がツェンダップ社の当初想定を大幅に上回ったことも、量産化を断念せざるを得ない要因となりました。結果として、フォルクスアウトは試作車の段階で終わりました。ツェンダップ社は、ポルシェへの研究開発費として、少なくとも8万5000マルクを支払ったとされています。

にもかかわらず、フォルクスアウトはポルシェ自身にとっても大きな意味を持ちました。この試作車開発を通じて、ポルシェは「小型車は大型車の縮小版ではなく、それ自体に最適なメカニズムとスタイルを追求すべきである」という結論に至ったのです。これは、後のフォルクスワーゲン開発において重要な指針となりました。

完成したフォルクスアウト試作車は、少なくとも1台は存在していましたが、1944年のシュトゥットガルト空襲で、車庫ごと焼失してしまいました。貴重な試作車は失われたものの、フォルクスアウトはフォルクスワーゲンの歴史において、重要な一歩としてその名を刻むことになりました。この試作車は、後の国民車開発へと繋がる、数々の技術的、そして思想的な礎を築いたのです。フォルクスアウトプロジェクトは、成功とはならなかったものの、自動車史における貴重な試みとして、現在も語り継がれています。

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