ツークツワンク

ツークツワンク（Zugzwang）とは

ツークツワンクとは、主にチェスにおいて、相手からの直接的な攻撃がないにもかかわらず、自ら手を指すことで局面が悪化してしまう状況を指します。これは「もし可能ならパスしたいが、ルール上それが許されない局面」と言い換えることもできます。また、「強制被動」と訳されることもあります。

元々はチェス用語でしたが、後にゲーム理論においても使われるようになり、さらには実際の戦争や経済闘争などにおいて、「動きたくないが動かざるを得ない状況」を比喩的に表現する際にも用いられます。

原義

ツークツワンク（Zugzwang）は、ドイツ語で「動きの強制」や「差し迫った状況」を意味します。国際音声記号では「[ˈtsuːktsvaŋ]」と表記され、原音に近い発音を意識して「ツークツヴァンク」と表記されることもあります。

基本的な考え方

ツークツワンクを理解するためには、まず「手番」（現在どちらのプレイヤーが指す順番か）という概念を把握する必要があります。また、一般的に「先手の方が有利」という考え方を改める必要もあります。

チェスの局面の多くは、手番を持つことが有利な状況（Aタイプ）です。チェスは先に相手をチェックメイトした側が勝利するため、通常は「先手が不利」という状況は考えにくいです。

しかし、終盤戦においては、手番が不利になるBタイプやCタイプが発生することがあります。これらBとCを合わせて「ツークツワンク」と呼び、特にCタイプを「相互ツークツワンク」と呼びます。中盤においてもツークツワンクが発生する例（後述）もありますが、盤上に駒が多いと手待ちの可能性が増えるため、非常に稀なケースとなります。

ツークツワンクの具体例

一方だけのツークツワンク

図1のような局面を考えてみましょう。

もし黒が手番の場合、キングを動かすしかありません。例えば、1...Kg8または1...Kh8と動かすと、白は2.Kxg6とキングを取ることができ、白が有利な局面になります。黒はもしパスができれば負けないため、この局面では黒がツークツワンクの状態にあると言えます。

一方、もし白が手番ならば、1.Kf7と手待ちをすることで、ほぼ同じ状況を保つことが可能です。この場合、黒が1...Kh8と動かせば、2.Kxg6で白が勝ちます。したがって、白はツークツワンクではありません。

相互ツークツワンク

相互ツークツワンクとは、白黒両方ともに有効な手待ちがなく、双方がツークツワンクの状態になっている状況を指します。英語では「reciprocal zugzwang」または「mutual zugzwang」と呼ばれます。

相互ツークツワンクの局面では、どちらが手番であるかによってゲームの結果（勝ち負け、引き分け）が左右されます。以下にポーン・エンディングでの例を示します。

相互1:
白番の場合: 1.Ke6でドロー（ステイルメイト）となります。
黒番の場合: 1...Kf7 2.Kd7と進み、その後ポーンをプロモーションさせて白が勝ちます。
相互2:
白番の場合: 1.Kd5 Kd7 2.c5 Kc7 3.c6 Kc8! 4.Kd6 Kd8! と進み、ドローとなります。
黒番の場合: 1...Kd7 2.Kb6 Kc8 3.Kc6 Kd8 と進み、4.c5または4.Kb7で白が勝ちます。
相互3:
白番の場合: 1.Kf6 Kxe4となり、黒が勝ちます。
黒番の場合: 1...Ke3 2.Kxe5となり、白が勝ちます。

上記以外にも様々な変化手順が存在しますが、ここではメインラインのみを紹介します。

中盤におけるツークツワンク

中盤でもツークツワンクが起こることが全くないわけではありません。しかし、発生頻度は非常に低く、発生した場合は複雑な局面になることが多いです。

以下に、1930年の「Alexander Alekhine vs Aron Nimzowitsch」の対局からの例を挙げます。

図2の局面:

白は1.Ba4!と手を指し、黒は1...b5と応じます。その後、2.Bxb5 Ke8 3.Ba4 Kd8 4.h4!と進みます。（図3）

黒のナイト（c6）に白の攻撃が集中し、さらにルーク（c7）やクイーン（d7）も間接的に狙われている状況です。黒は必死に防御していますが、図3では、どの駒を動かしても状況が悪化してしまいます。黒はここで投了しました。この例のように、中盤でもツークツワンクが発生しうることを示しています。

より広い意味でのツークツワンク

本来、ツークツワンクとは「相手からの直接的な狙いがない状況（パスができれば負けない状況）」を指しますが、より広い意味で、「相手からの狙いがあるとしても、手番を持つことによって負けが早くなる状況」も指すことがあります。

補足

手待ち: ツークツワンクと関連して、チェスにおいて、手番をパスして状況を維持するテクニックを指します。
セキ（囲碁）: 囲碁における、手を出すと損をする石の形態ですが、ゲームの勝敗に直接関わるものではありません。
取らず三目（囲碁）: 囲碁において、手を出すと損をする石の形態です。現在のルールではセキと扱われます。

参考文献

「Winning Chess Strategies」 Yasser Seirawan著
Ward, Chris (1996), Endgame Play, Batsford
Kaufman, Larry (September 2009), “Middlegame Zugzwang and a Previously Unknown Bobby Fischer Game”, Chess Life

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