テアゲス

プラトン偽書『テアゲス 知恵について』の解説

『テアゲス』（Θεάγης, Theages）は、プラトン名義で伝えられる短い対話篇です。副題は「知恵について」とされています。古代にはトラシュロスによる四部作の一つとして扱われましたが、現在では一般的にプラトンの真作ではなく、後世の偽書だと考えられています。

登場人物と背景

主な登場人物は3名です。

ソクラテス: 60歳頃のアテナイの哲学者。物語の中心人物であり、他の登場人物の意見を聞きながら、自らの哲学的見解を展開していきます。
デモドコス: アテナイの元将軍。現在は隠遁生活を送る老人で、ソクラテスの知人です。ソクラテスの弁明にもわずかに登場します。
* テアゲス: デモドコスの息子で、20歳頃の青年。裕福で才能に恵まれ、政治家になる素質を持っています。しかし、病弱であるため、政治の道ではなく哲学を志しています。プラトンの『国家』においては、「病弱さゆえに哲学の道へ進む」という例えとして「テアゲスの馬銜」という表現で言及されています。また、『ソクラテスの弁明』でも名前が出てきますが、この時点で既に亡くなっていることが示唆されているため、若くして亡くなったと考えられます。

物語は、ソクラテスがデモドコスとテアゲスに偶然出会い、テアゲスの教育について相談を受ける場面から始まります。デモドコスは、ソフィストに弟子入りさせたいと考えており、ソクラテスの助言を求めています。

物語の内容と構成

デモドコスはソクラテスの前で、息子テアゲスがソフィストに師事したいと熱心に訴えていることを説明します。そこでソクラテスは、まずは議論の対象を明確にするため、テアゲスの望みを詳しく尋ねることから始めます。

対話を通して、ソクラテスはテアゲスがソフィストに惹かれる理由、そしてソフィスト教育に対する疑問点を丁寧に探っていきます。ソクラテスは、単にソフィストの教育を否定するのではなく、真の知恵とは何か、どのようにして知恵を身に付けるべきかといった哲学的な問いを投げかけます。

この対話篇は、ソクラテスが青年たちの教育に関与し、ソフィスト教育の是非について議論するという点で、プラトンの初期対話篇である『ラケス』や『プロタゴラス』と類似点が見られます。しかし、『テアゲス』はそれら初期対話篇と異なり、ソクラテスの教育論がより明確に示されている点が特徴です。

テアゲスとソフィスト教育

テアゲスは、才能と裕福さを持ちながらも病弱であるため、政治家になる道を諦め、哲学に傾倒しています。この点は、プラトン哲学における身体と魂の関係性、そして理想国家における哲人王の条件を考える上で興味深い要素となっています。

一方、ソフィストは、当時アテナイで盛んだった弁論術や修辞学を教える教師たちです。彼らは高い報酬と引き換えに、生徒に弁論術を教え、社会的な成功を約束していました。しかし、ソクラテスは、ソフィストの教育が真の知恵ではなく、技巧的な言葉遊びに過ぎないとして批判的です。

本篇の意義

『テアゲス』は、プラトンの真作ではないとされていますが、プラトン哲学の理解に役立つ貴重な作品です。この作品を通して、ソクラテスがソフィスト教育に反対する理由、真の知恵とは何か、そして若者たちの教育における理想像といったテーマが、ソクラテスの問答を通して浮き彫りになります。ソクラテスの教育観や、プラトン哲学の根幹に触れることができるという意味で、高く評価できる作品です。また、この作品は、偽書であると同時に、当時のアテナイの社会状況や教育思想を反映している点でも貴重な資料となります。

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