テアーノー

テアーノー（古希: Θεανώ, Theānō）

ギリシア神話において、テアーノーという名前は複数の女性に用いられています。最もよく知られているのは、イーカリア地方の王メタポントスの妻と、トロイアの老臣アンテーノールの妻です。その他にも数名の同名人物が伝わっています。

メタポントスの妻テアーノー

このテアーノーは、イーカリアの王メタポントスを夫に持った女性です。夫婦にはなかなか子供が授からず、子を望むメタポントス王はテアーノーに対し、もし子を得られなければ離縁すると告げ、彼女を追いつめる事態となりました。

窮地に立たされたテアーノーは、ある羊飼いから双子の男児を譲り受け、あたかも自身が生んだ子であるかのように偽り、王に献上しました。この双子は後にアイオロスとボイオートスとして知られる英雄たちとなりました。テアーノーは彼らを実の子のように大切に育て上げ、王もまた彼らを深く愛しました。

しかし、時を経てテアーノー自身にも待望の実子が生まれます。ところが、メタポントス王の愛情は依然として養子であるアイオロスとボイオートスにばかり注がれたため、テアーノーは激しい嫉妬心に駆られました。この憎しみから、彼女は実子たちにアイオロスとボイオートスを殺害するよう命じるという、おぞましい計画を実行に移します。

ところが運命は皮肉にも、テアーノーの思惑とは全く逆の結果をもたらしました。彼女の実子たちは、返り討ちにあってアイオロスとボイオートスに殺されてしまったのです。我が子の亡骸が目の前に運ばれてくるのを見たテアーノーは、自身の計画の失敗と我が子の死への絶望に打ちひしがれ、ついに自らの命を絶ったと伝えられています。ただし、散逸したエウリーピデースの悲劇『縛られたメラニッペー』における異伝では、アイオロスとボイオートスを殺そうとしたのはテアーノーの兄弟であったとも語られています。

アンテーノールの妻テアーノー

もう一人の著名なテアーノーは、トロイアの老練な重臣アンテーノールの妻です。彼女はトラーキアの王キッセウスとその妻テーレクレイアの間に生まれた娘であり、トロイアにおいては尊敬される女性でした。

アンテーノールとの間に多くの子供をもうけ、アルケロコス、アカマース、ヘリカーオーンをはじめとする10人以上の息子たちと、娘クリノーの母となりました。さらに、夫アンテーノールの妾の子であるペーダイオスも、実子たちと同じように分け隔てなく大切に育てたといいます。これは彼女の広い心を示すエピソードとして語られています。

テアーノーはまた、トロイアにおける重要な宗教的役割を担っていました。彼女はイーリオスのアテーナー神殿で女神官を務めており、都市の精神的な支柱の一つであったと考えられます。ホメロスの叙事詩『イーリアス』にもその姿が描かれています。特に、ギリシアの英雄ディオメーデースがトロイア軍を圧倒する活躍を見せた際には、女神アテーナーに対し、彼の勢いを食い止めてくれるよう熱心に祈りを捧げる場面があります。

また、アマゾーンの女王ペンテシレイアがトロイアのために戦いに加わった際、トロイアの女性たちが興奮し、アンティマコスの娘ティーシポネーに煽られて、共にギリシア軍と戦おうとしたことがありました。このような動乱の中で、テアーノーは女性たちを冷静に説得し、無謀な行いを思いとどまらせたといいます。これは彼女が単なる女神官であるだけでなく、都市の女性たちに対して影響力を持つ、分別のある人物であったことを示唆しています。

トロイア戦争の終結に関わる後世の伝承では、テアーノーが重要な役割を果たしたという話も伝えられています。夫アンテーノールに迫られ、トロイアの守護像である聖なるパラディオンをギリシア軍に引き渡すことに同意した、とも語られています。これはトロイア滅亡の要因の一つとされる出来事であり、彼女の立場や行動が注目される点です。

その他のテアーノー

上記以外にも、ギリシア神話にはテアーノーという名前の女性が登場します。
例えば、アルゴスの王ダナオスの50人の娘、いわゆるダナイデスのうちの一人にテアーノーの名が見られます。
また、トロイア人アミュコスの妻で、英雄アイネイアースの仲間であるミマースの母もテアーノーと呼ばれていました。彼女は、トロイア滅亡の原因となったパリスが生まれたまさにその夜に、息子ミマースを産んだと伝えられています。

これらのテアーノーたちは、主要な人物ほど詳しい物語は伝わっていませんが、それぞれが神話の断片において存在感を示しています。

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