テュルソス

テュルソスとは

テュルソス（古代ギリシア語: θύρσος、thyrsos）は、ギリシア神話に登場する杖であり、特にディオニューソス（バッコス）とその信者たちによって用いられました。この杖は、オオウイキョウの茎をベースとし、ブドウのツルや葉などの植物で飾られ、先端には松かさが取り付けられています。また、タイニアと呼ばれるリボンのようなものが結ばれることもあります。

概要

テュルソスは、単なる杖以上の意味を持つ聖なる道具でした。ディオニューソス信仰において、この杖は神の力や存在を象徴するものとされ、祭儀や宗教的儀礼で重要な役割を果たしました。特にブドウや木ヅタといったツル性の植物は、ディオニューソスの生命力や豊穣さを表すとされていました。

劇作家エウリーピデースの作品では、マイナデス（ディオニューソスの信女）が持つテュルソスから蜂蜜が滴り落ちる様子が描かれています。これは、テュルソスが単なる杖ではなく、神聖な力を宿していることを示唆しています。また、テュルソスは葉の中に鉄の突起を隠し持っており、緊急時には武器として使用されたとも言われています。このため、「ブドウの葉に包まれた槍」「木ヅタを巻いた槍」といった表現が用いられることもあり、その先端の突起は狂気を引き起こす力があると信じられていました。

象徴としてのテュルソス

テュルソスは、ディオニューソスとその従者であるサテュロスやマイナデスと深く関連しており、繁栄、繁殖力、快楽主義、悦楽や楽しみを象徴するとされています。特に、ウイキョウの茎が男性器を、松かさが「種」を表すと考えられ、ファルスの繁殖力との関連性が指摘されています。バッコス信仰の踊りの際には、このテュルソスが掲げられ、信仰の象徴として重要な役割を果たしました。

エウリーピデースの悲劇『バッカイ』には、ディオニューソスの信女に扮したペンテウスが、ディオニューソスにテュルソスの持ち方について尋ねる場面があります。この場面では、ディオニューソスが右手にテュルソスを持ち、右足と同時に振り上げることを勧めており、テュルソスが儀式において特定の動きと結びついていることが示唆されています。

さらに、テュルソスはカンタロスと呼ばれるワインを飲むための陶器とも関連付けられることがあります。カンタロスもディオニューソスの象徴であり、テュルソスとカンタロスは、王笏と宝珠と同様に「男性性と女性性」の組み合わせを表すと解釈されることもあります。これらの象徴的な意味合いから、テュルソスは単なる杖を超えた、神聖で多面的な意味を持つ道具であったと言えるでしょう。

ギャラリー

[画像1]　[画像2]　[画像3] [画像4] [画像5]

これらの画像は、テュルソスが美術作品や考古学的遺物でどのように表現されているかの例を示しています。

脚注

注釈

[参考文献]
Casadio, Giovanni; Johnston, Patricia A., Mystic Cults in Magna Graecia, University of Texas Press, 2009
Ferdinand Joseph M. de Waele, The magic staff or rod in Græco-Italian antiquity, Drukkerij Erasmus, 1927
エウリーピデース『バッカイ バッコスに憑かれた女たち』逸身喜一郎訳、岩波書店、2013年。ISBN 978-4-00-321063-5。
高津春繁『ギリシア・ローマ神話辞典』岩波書店、1960年。ISBN 4-00-080013-2。
この記事にはアメリカ合衆国内で著作権が消滅した次の百科事典本文を含む: Chisholm, Hugh, ed. (1911). "Thyrsus". Encyclopædia Britannica (英語) (11th ed.). Cambridge University Press.

関連項目

マイナス (ギリシア神話)

外部リンク

Thrysus（ブリタニカ百科事典オンライン版）
Thrysus（The Ancient Library）
* Thyrsus（ペルセウス電子図書館）

もう一度検索