テルマーニー・エミル

テルマーニー・エミル（Telmányi Emil）

テルマーニー・エミル（1892年6月22日 - 1988年6月13日）は、ハンガリーに生まれ、ヴァイオリン演奏、指揮、そして音楽教育の分野で顕著な功績を残した音楽家です。特に、バロック音楽の演奏法に対する深い探求心と、それを具現化した革新的な弓の開発は、彼の名を今日に伝える重要な業績となっています。

彼は現在のルーマニア領であるアラドの地で生を受け、幼少期から音楽への才能を示しました。ブダペスト音楽院に進み、当代一流のヴァイオリニストであり高名な教育者でもあったイェネー・フバイのもとでヴァイオリンの技術と音楽性を磨きました。フバイ門下からは、多くの著名なヴァイオリニストが輩出されており、テルマーニーもその一人として将来を嘱望されました。1911年、音楽の都の一つであるベルリンで公式なデビューを果たし、その卓越した演奏技術と音楽的な感性は高く評価され、ヴァイオリニストとしての確固たるキャリアを築き上げました。

ヴァイオリニストとして順調な道を歩む一方で、テルマーニーは音楽表現の幅を広げるべく、指揮活動にも関心を寄せました。1919年には指揮者としての活動を開始し、やがて演奏活動と並行して重要なキャリアの柱となります。スウェーデン西部の主要都市イェーテボリに拠点を置くエーテボリ交響楽団では、1925年から翌年にかけて指揮者を務め、オーケストラを率いる手腕も示しました。また、自ら室内オーケストラを組織し、より精緻で多様なアンサンブル表現の可能性を探求するなど、指揮者としても精力的な活動を展開しました。

テルマーニーの個人的な人生は、デンマーク音楽史の巨匠、カール・ニールセンとの深い繋がりによって特筆されます。1918年、彼はニールセンの娘イルメラと結婚し、著名な作曲家の家族の一員となりました。この縁は、彼の音楽活動、特に北欧での活動に少なからず影響を与えたと考えられます。しかし、この結婚は1933年に解消されました。その後、彼はピアニストのアネッテ・ショアラーと再婚し、新たな家庭を築いています。

演奏家、指揮者として活躍する傍ら、テルマーニーは音楽教育にも情熱を注ぎました。1940年から1969年までの長い期間、デンマークのオルフス音楽院で教授として教鞭を執り、次世代の音楽家たちの指導に尽力しました。彼の教育者としての貢献は大きく、多くの若き才能が彼のもとで育ち、音楽界へと巣立っていきました。彼の教育者としてのキャリアは、演奏家としての名声と同様に、デンマークの音楽教育史において重要な位置を占めています。

テルマーニーの音楽家としての探求心は、特にバロック音楽の演奏法に対する深い関心として結実しました。彼は古楽のオリジナルの響きや奏法を現代の演奏に取り入れることの重要性を認識しており、そのための具体的な方法論を研究しました。この探求の中で生まれたのが、革新的な「VEGA弓」です。これは、デンマークの楽器職人と共同で開発されたもので、バロック時代の弓が持つ独特の形状や重量バランス、そしてそれによって可能となる奏法（例えば、弦に吸い付くような滑らかなボーイングや、軽快なスタッカートなど）を、現代のヴァイオリンでも再現できるように工夫された画期的な弓でした。テルマーニーは、このVEGA弓こそがバッハなどのバロック時代の作品を本来の響きで演奏するための鍵であると考え、積極的に自身の演奏に取り入れました。そして、その研究と実践の成果を世に問うべく、1954年にはこのVEGA弓を用いて、ヨハン・セバスチャン・バッハの無伴奏ヴァイオリン作品全曲を録音するという歴史的な偉業を成し遂げました。これは、ピリオド楽器や古楽的アプローチが現代の演奏界で広く受け入れられるようになる遥か以前に行われた、極めて先駆的な試みであり、その録音は今日でも、バロック音楽演奏史における重要な資料として、またテルマーニーの深い音楽性と探求心を示す証として、高く評価されています。

多忙な演奏、指揮、教育活動、そして研究活動を経て、テルマーニー・エミルは1988年6月13日、デンマークの首都コペンハーゲン近郊にあるホルテにて、95年の波乱に富んだ生涯の幕を閉じました。ヴァイオリニストとしての華麗な技術、指揮者としての的確な音楽作り、教育者としての献身、そして古楽研究者としての先見性。これらの多角的な才能をもって、彼は20世紀の音楽界、特に北欧の音楽シーンに忘れられない足跡を残しました。

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