ディロング

ディロング：羽毛を持つ小型のティラノサウルス類

ディロング( Dilong paradoxus)は、約1億2600万年前(前期白亜紀バレミアン)の中国遼寧省で発見された、小型の肉食恐竜です。ティラノサウルス上科に属しますが、後の巨大なティラノサウルス類とは異なる特徴を持つ、初期のティラノサウルス類の重要な一員として知られています。

ディロングの発見と命名

化石の宝庫として知られる中国遼寧省の熱河層群から、2004年に徐星博士によってディロングの化石が発見されました。属名『Dilong』は中国語の「帝龍」(dìlóng)に由来し、「帝」はティラノサウルス類の王といった意味合い、「龍」は恐竜を意味するラテン語の接尾辞 -saur と同様の役割を持っています。種小名 paradoxus は「常識に反する」という意味の古代ギリシャ語由来のラテン語で、その原始的な形態が予想外であったことを示唆しています。

ディロングの形態

発見された化石は、ほぼ完全な骨格を含む複数の標本があり、これらは中国科学院古脊椎動物古人類学研究所や天津自然史博物館などに収蔵されています。模式標本から推定されるディロングの体長は約1.6メートルですが、これは若い個体と推測されており、成体では2メートルを超えていた可能性があります。特徴的な点は、ティラノサウルス類としては比較的長い四肢を持ち、俊敏な動きが可能だったと推測されています。また、前肢には3本の指がありました。

羽毛の証拠

ディロングの最も注目すべき特徴の一つは、羽毛の存在です。尾部や顎の周辺の皮膚印象化石から、単純な羽毛構造あるいはプロトフェザー(原始的な羽毛) が確認されています。これは現代の鳥類のような複雑な構造ではなく、中心軸を持たない糸状の単純なものでした。飛翔能力はなかったとされ、保温のために役立っていたと考えられています。興味深いことに、成体のティラノサウルスやタルボサウルスといった大型のティラノサウルス類では鱗状の皮膚が確認されていることから、ティラノサウルス類の体表は成長段階や部位によって鱗と羽毛が混在していた可能性が示唆されています。この羽毛の有無は、体温調節との関連性が示唆されており、小型の幼体では保温のために羽毛を持ち、成長とともに保温の必要性が減り羽毛を失ったという説が提唱されています。

分類上の位置付け

ディロングの分類は、当初ティラノサウルス上科の基盤的なメンバーとされましたが、その後、いくつかの研究でその位置付けは見直されています。初期の研究ではティラノサウルス上科よりも上位の分類群に位置づけられることもありましたが、近年の研究では再びティラノサウルス上科に含まれることが多くなっています。特に、系統解析手法(最大節約法やベイズ推定など)の進歩により、ディロングはプロケラトサウルス科ではなく、ティラノサウルス上科の比較的派生的な位置にあることが示唆されています。しかしながら、ティラノサウルス上科におけるディロングの正確な系統的位置付けについては、さらなる研究が必要とされています。

ディロングの古生態

身体能力

ディロングは長い後肢を持つことから、俊敏な走者であったと考えられています。ただし、後のティラノサウルス亜科のような高度なアークトメタターサル(中足骨の特殊な構造)は持っておらず、走行性能はそれらより劣っていた可能性もあります。それでも、他の恐竜と比較すれば速い部類に属していたでしょう。ディロングの中足骨はアークトメタターサルへの進化途上にある状態であると考えられており、ティラノサウルス類の足部の進化を理解する上で重要な手がかりとなっています。

五感

頭骨の分析から、ディロングは薄い髄膜で覆われたS字型の脳を持っていたことが示唆されています。これはティラノサウルス類のような厚い髄膜を持つ線状の脳とは異なり、ワニ類に見られる特徴と似ています。また、大きな内耳（半規管）の存在から、平衡感覚が優れており俊敏な動きが可能であったことが示唆されています。一方、嗅索は比較的小さく、ティラノサウルス類のような高度な嗅覚は持っていなかったと考えられています。

まとめ

ディロングは、羽毛を持つ小型のティラノサウルス類として、ティラノサウルス類の進化を理解する上で非常に重要な恐竜です。その存在は、ティラノサウルス類の体表の多様性や、初期のティラノサウルス類の生態を明らかにする上で大きな貢献をしています。今後の研究によって、ディロングに関するさらなる情報が明らかになることが期待されます。

もう一度検索