デイビッド・スローン・ウィルソン

デイビッド・スローン・ウィルソン（David Sloan Wilson、1949年生まれ）は、アメリカ合衆国の著名な進化生物学者です。作家スローン・ウィルソンの息子でもあり、ニューヨーク州立大学ビンガムトン校の特別栄誉教授を務めています。

ウィルソンの最も重要な貢献の一つは、進化における「マルチレベル選択説」の提唱です。これは、進化が単に遺伝子や個体のレベルだけでなく、より大きな集団のレベルでも起こりうるという考え方です。

哲学者エリオット・ソーバーとの共著『Unto Others』の中で、ウィルソンはマルチレベル選択の枠組みを詳細に展開しました。この枠組みによれば、個体や集団は、世代を超えて遺伝子が伝えられる上での「ヴィークル」、つまり乗り物として機能します。進化の選択は、遺伝子自体だけでなく、それらが存在する個体や集団に対しても作用すると考えられます。ここでウィルソンが強調するのは、遺伝子とは物理的な実体だけを指すのではなく、祖先から子孫へと受け継がれる「情報」としての側面も含むという点です。

この理論は、遺伝子レベルでの自己利益追求（例えば利己的な遺伝子）と、集団レベルでの協力や利他性の進化という一見矛盾する現象を、より包括的に説明しようとするものです。特定の集団内で協力的な個体が多い場合、その集団全体が競争において有利になり、結果として集団内に協力的な特性が広がる可能性があります。これが集団レベルでの選択の働きです。

ウィルソンはまた、「形質集団（Trait Group）」という概念を提唱しました。これは、血縁関係があるかどうかに関わらず、特定の特性（特に利他的行動など）に基づいて相互に作用し、共通の運命を分かち合う集団を指します。この概念は、血縁選択説だけでは説明しにくい利他性の進化を理解する上で有効なツールとなります。

彼の著書『ダーウィンのカテドラル』では、このマルチレベル選択の視点を宗教という文化現象に応用しています。宗教は、個々の信者にとっては必ずしも合理的でない行動を求めることがありますが、集団レベルで見ると、社会的な結束を高め、協力や規範の維持に役立つ「適応」として機能しうるというのです。宗教は、マルチレベル選択のプロセスを通じて発達した文化的な進化の産物であると論じています。

さらに、ウィルソンは進化論を一般の人々にも身近なものとして捉えてもらうための啓蒙活動にも力を入れています。近著『Evolution for Everyone：How Darwin's Theory Can Change the Way We Think About Our Lives』（みんなのための進化：ダーウィンの理論は私たちが人生について考える方法をどのように変革することができるか）では、進化という考え方が、生物学に留まらず、人間の行動、社会、文化、さらには日常生活の意思決定といった幅広い側面に適用できることを、様々な例を挙げて分かりやすく解説しています。

教育者としては、ビンガムトン大学で「進化研究プログラム」を創設し、主導しています。このプログラムは、進化理論を基盤として、生物学だけでなく、人類学、心理学、工学、哲学といった多岐にわたる分野の研究者が協力し、学生が学際的な視点から進化を学ぶことを目指しています。これは、進化論が持つ統一的な科学理論としての力を示す取り組みと言えます。

デイビッド・スローン・ウィルソンの研究は、進化生物学の理論を発展させただけでなく、社会科学や人文科学を含む多くの分野に進化論的な思考を適用する道を開き、学際的な研究の重要性を強調しています。彼の理論は、人間の協力、利他性、文化の進化といった複雑な現象を理解するための新たな視点を提供しています。

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