デスパイ

島本和彦氏が手掛けた漫画作品、『デスパイ』（英題：DEATH PIE）。作中には、同名の秘密組織も登場します。

本作は竹書房発行の『別冊近代麻雀』にて、1989年9月号および10月号、そして同年12月号から1990年5月号にかけて連載されました。全8話で構成されています。

1990年7月には単行本が刊行され、巻末には作者の初期麻雀漫画である「奈々ちゃんスクランブル」が併録されています。

概要

麻雀を軸に、アクションとハードボイルドの要素を盛り込んだ異色作です。物語は、主人公・飛岡剛が裏社会に蔓延る賭け麻雀の舞台で、巨悪な犯罪組織を次々と打ち砕いていく姿を追います。飛岡は犯罪への強い怒りを胸に秘めつつ、正体を隠して潜入活動を行う非合法の存在、「デスパイ」の一員として活動します。「負ければ死」という極限の条件下で行われる麻雀勝負の緊迫感、暴力的な描写、そして破天荒な展開を伴うアクションシーンが本作の大きな特徴です。また、登場人物には特撮ヒーローや過去のアクションドラマのキャラクターを下敷きにしたパロディ要素が多く見られます。

主人公の飛岡剛は、『仮面ライダー』シリーズの仮面ライダー1号に変身する本郷猛をモデルとしており、単行本表紙で点棒を投げるポーズは、仮面ライダー新1号の変身ポーズに酷似しています。タイトルは、小松左京氏のSF小説で映画化もされた『エスパイ』からの語呂合わせですが、これは本郷猛（仮面ライダー1号）と『エスパイ』の主人公・田村良夫のどちらも藤岡弘、氏が演じていることに由来します。その他にも、麻雀Amigoのマスター、松大、龍といった登場人物には、作者自身の思い入れが強く反映されています。

さらに、単行本の著者近影のスタイルは、テレビドラマ『探偵物語』における松田優作氏を意識したものとなっています。

あらすじ

物語は、都内某ビルの奥深くで行われている極秘裏の「華会」から始まります。これは、有力暴力団の代打ちたちが、組のシマを賭けて行う命懸けの麻雀勝負でした。短期間で急激に勢力を拡大した北海幾羅組の代打ち、飛岡剛は「無敵リーチ」を武器に連戦連勝を飾っています。この華会でも勝利を収めた飛岡でしたが、上がりの品であるトランク2個分のヘロインをその場で燃やしてしまいます。負ければ即死という過酷な華会で生き残った飛岡は、その圧倒的な強さゆえに他の組から警戒されるようになります。

登場人物

主役

飛岡剛（とびおかたけし）: 本作の主人公。「無敵リーチ」を駆使し、リーチをかければ必ずツモるという驚異的な能力を持ちます（ただし、ジャック樹葉との最終決戦で一度破られますが、これはドッグフェイサーによる催眠術の影響と推測されます）。元々は警視庁の麻薬取締官（Gメン）でしたが、愛する婚約者・滝河留理子が暴力団組織によって麻薬漬けにされ、さらにその兄である親友・治郎殺害の犯人に仕立て上げられたため、警察の身分を捨ててデスパイとなりました。北海幾羅組の影丸組長の代打ちとして華会に参加し、やがて黒幕であるドッグフェイサーが待つ島での直接対決へと向かいます。

松大陽作（まつだいようさく）: 華会で妹が飛岡に敗れそうになったところへ乱入しますが、妹の命を救おうとした飛岡に恩義を感じ、ドッグフェイサーの島へ京都祇園組の代打ちとして乗り込みます。道中でジャック樹葉のイカサマ「燕返し」を逆に利用されて敗北しますが、着用していた防弾着のおかげで命拾いをし、デスパイの金髪女性の助けを得て、島の施設やケシ畑を爆破しました。

デスパイたち

影丸（かげまる）: 北海幾羅組の3代目（または4代目）組長。銀髪（または金髪）で、全身に刃物による無数の傷を持つ凄腕です。熊本座凡組2代目の推薦で組長の座に就き、華会に参加します。彼の目的は華会に参加する代打ちたちの抹殺ですが、さらに深い思惑があるようです。

麻雀AMIGOのマスター: デスパイ組織の裏方として、情報交換のための場所を提供していました。しかし、組織の刺客によって銃殺されてしまいます。

金髪の女: デスパイのサポート役の一人。飛岡に重要な指令や情報を提供したり、自らドッグフェイサーの元に潜入して爆弾を仕掛けたりもしました。ドッグフェイサーの手下に撃たれ、松大の腕の中で息を引き取ります。

黒髪の女: こちらもデスパイのサポート役。飛岡に指令や情報を伝達していましたが、AMIGOのマスターと共に銃殺されてしまいます。

組織側の人間

ドッグフェイサー: 自身の所有する島でケシを栽培し、高純度のモルヒネを製造。これを華会で勝利した暴力団に与えることで資金援助を行い、裏社会を支配していました。「ツキ」を強く信奉しており、勝負に勝ち続ける者には手を出さない主義でしたが、敗者には容赦なく死を与えました。催眠術を得意とし、対戦相手に都合の良い牌をツモらせることも可能でした。自身の島で行われた最終勝負で、勝ち残った飛岡、樹葉、龍と島の支配権を賭けて対決。飛岡を苦しめますが、松大が起こした爆発に巻き込まれ、負け牌を握ったまま死亡しました。

前原: ある組の組長（詳細な組名は不明）。影丸と飛岡の台頭を快く思わず、彼らの背後関係を探ります。飛岡がデスパイであるという確証を得て影丸を問い詰めますが、最終的に影丸によって射殺されます。

龍（ろん）: 中国人の麻雀打ち。ドッグフェイサーとは付き合いがあるものの、彼の地位を虎視眈々と狙っています。拳法と麻雀を同時にこなす特技を持ちます。最後の勝負では、ドッグフェイサーの催眠術にかかりながらも麻雀を打ち続けました。生死は不明です。

権弓堂三（ごんずいどうざ）: ドッグフェイサーの組織の下っ端として、客を船や島へ案内する役割を担っていました。島本和彦氏の別作品『風の戦士ダン』（原作：雁屋哲）からのゲストキャラクターです。

代打ちたち

華会において、各組の代表として麻雀を打つ者たちです。華会の掟では、敗北は死を意味します。

剛田徳丸: 秋田尾場虎組の代打ち。連載第1話で飛岡に敗れ、処刑されました。
古嶋大元: 桜乱暴会の代打ち。連載第1話で飛岡に敗れ、処刑されました。
堂本真二: 鳴戸塊侠組の代打ち。連載第1話で飛岡に敗れ、処刑されました。
村松: 「ダブリーの魔術師」の異名を持つ麻雀打ち兼殺し屋。フリテンのダブルリーチから手牌を入れ替えてツモるという高度なイカサマの達人です。しかし、飛岡に見破られ、追い詰められた末に逆にダブルリーチをかけられて敗北します。
松大の妹: 7色のマニキュアで牌に目印をつける「ガンパイ」を用いて、相手の待ち牌を外すテクニックを使います。飛岡にガンパイを見破られた際、兄の松大の乱入によって命を救われました。デスパイが用意した偽造パスポートを使って海外へ逃亡した模様です。飛岡の婚約者だった滝河留理子と容姿が似ており、これが飛岡が彼女を助けた理由の一つです。
ジャック樹葉: ドッグフェイサーが所有するケシ畑の島を、12年前から狙っていた麻雀打ちです。積み込みなどのイカサマを巧みに使いこなし、相手のイカサマすら逆に利用するほどの凄腕です。松大をも破って最終勝負に臨みますが、ドッグフェイサーの催眠術にかかってしまいます。生死は不明です。JAC（ジャパンアクションクラブ）を主宰していた千葉真一氏に酷似しています。

飛岡の関係者たち

滝河治郎: 飛岡の親友で、麻薬取締官（Gメン）でした。麻薬ルートを追ってドッグフェイサーの島に迫りますが、妹の留理子を人質に取られ、射殺されてしまいます。
滝河留理子: 治郎の妹であり、飛岡の婚約者でした。組織に人質にされた上、麻薬中毒にされ、兄を撃った拳銃を持たされて濡れ衣を着せられてしまいます。彼女の悲劇が、飛岡がデスパイとなる直接的な原因となりました。

奈々ちゃんスクランブル

本作の単行本に併録されているのは、作者にとって初の麻雀漫画となる「奈々ちゃんスクランブル」です。この作品は『近代麻雀オリジナル』1988年10月号に掲載されました。単行本化の際に巻末に収録されたほか、『燃えよペン』連載中に作者が虫垂炎で休載した際には、『シンバット』（竹書房）に再録されています。

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