デ・ミニミス

デ・ミニミス（De minimis）

「デ・ミニミス（De minimis）」とは、ラテン語で「些細な事柄について」という意味を持つ言葉です。法分野でよく引用される慣用句、「デ・ミニミス・ノン・クラト・プラエトル」（Praetor＝法務官は些事を顧みない）や「デ・ミニミス・ノン・クラト・レックス」（Lex＝法律は些事を顧みない）に由来しており、ごく軽微な違法行為や些細な事態については、本来適用されるべき法的な判断や規制の対象外とするという考え方を示します。これは、刑法における可罰的違法性の概念、すなわち行為が違法であっても極めて軽微な場合は処罰の対象としないという考え方にも通じるものです。

各分野でのデ・ミニミス・ルール

この「些細なこと」を考慮しないという考え方は、現代の様々な分野でルールや判断基準として応用されています。

世界貿易機関（WTO）農業協定

WTOの農業協定には、「デミニミス条項」が設けられています。これは、加盟国が国内農業に対して行う各種の助成措置のうち、貿易を歪曲する可能性のあるもの（貿易歪曲的国内支持）について、その影響が極めて小さいと見なされる場合には、協定に基づく削減義務の対象から除外するというものです。具体的には、特定の品目に対する助成がその品目の国内生産額の一定比率（原則として先進国は5%、開発途上国は最大10%）を超えない場合、または品目を特定しない助成が国内全品目生産額の同様の比率を超えない場合に適用されます。この条項により、影響の小さな国内政策運営の柔軟性が確保されています。

著作権法

著作権の分野においても、「デ・ミニミス」の概念は裁判における判断基準の一つとなり得ます。

著作権の発生について: パブリックドメイン（公共の財産として誰でも自由に利用できる状態）にある素材を用いて創作物を制作した場合、その素材への変更や加筆の程度が極めてわずかで「デ・ミニミス」であると判断されることがあります。このような場合、裁判所がその創作物には新たな著作権は認められないと判断することがあります。これは、ごく些細な改変では新たな創作性があるとは言えない、という考えに基づきます。
著作権侵害の判断について: 既存の著作物の一部を利用した場合、その使用の程度が非常に軽微で、社会通念上無視できるほど些細であると裁判所が判断した場合、「デ・ミニミス」として著作権侵害が成立しないとされることがあります。例えば、意図せず写り込んだ背景の音楽や美術品、あるいは短いフレーズのサンプリングなどが問題となるケースが考えられます。

しかし、デジタル技術の進展に伴い、特に音楽のサンプリングに関しては、「デ・ミニミス」の基準適用が厳格化または否定される傾向にあります。アメリカ合衆国における「Bridgeport Music, Inc. 対 Dimension Films」訴訟（2005年控訴審判決）では、音楽のデジタルサンプリングについて、その長さに関わらず許可なく使用すれば著作権侵害が成立するという判断が示され、デジタルサンプリングにおける「デ・ミニミス」の基準が認められないという流れが生まれました。

その他の用例

法律や経済分野以外でも、同様の趣旨で「デ・ミニミス」あるいはそれに類する表現が用いられることがあります。例えば、17世紀のスウェーデン女王クリスティーナは、同様の考えを示すラテン語の格言「アクイラ・ノン・カプタト・ムスカス」（Aquila non captat muscas：鷲は蠅を捕らえない）を好んで用いたとされます。これは、偉大な人物や重要な存在は、取るに足らない些末な事柄に煩わされない、という意味合いです。

現代では、リスクアセスメントの分野で、無視できるほど低い、事実上安全と見なせるリスクレベルを指して「デ・ミニミス・リスク」といった表現が使われることがあります。これは、あらゆるリスクをゼロにすることは不可能であるため、許容可能な最小限のリスク水準を示す際に用いられる概念です。

もう一度検索