トゴトウイルス属

トゴトウイルス属は、インフルエンザウイルスなどを含むオルソミクソウイルス科に分類されるウイルスの一群です。この属に属するウイルスは、他のオルソミクソウイルスとは異なり、ダニと脊椎動物という異なる分類に属する二つの宿主細胞内で効率的に複製できるというユニークな性質（両宿主性）を持っています。そのため、自然界では主にダニを媒介として、脊椎動物へと感染が広がります。

トゴトウイルス属ウイルスの興味深い伝播様式の一つとして、非ウイルス血症性伝播が挙げられます。これは、感染したダニとウイルスに感染していないダニが、ウイルス血症（血液中にウイルスが存在する状態）を示していない健康な脊椎動物、例えばモルモットなどから同時に吸血する際に、ダニ間でウイルスが伝播するという現象です。脊椎動物自体がウイルスの増殖源となっていなくても、ダニを介した感染サイクルが維持される可能性があります。

現在、トゴトウイルス属にはいくつかの血清型が知られていますが、特に代表的なのはトゴトウイルス（Thogoto virus、略称THOV）とドーリウイルス（Dhori virus、略称DHOV）です。

トゴトウイルス（THOV）は、アフリカや南ヨーロッパのダニから分離・確認されています。このウイルスは自然界においてヒトへの感染例が報告されており、公衆衛生上重要な病原体の一つと見なされています。THOVのゲノムは、6つのRNA分節から構成されています。宿主範囲は広く、ダニやカといった節足動物に加え、ヒトを含む哺乳類にも感染する能力を持っています。

一方、ドーリウイルス（DHOV）は、インド、東ロシア、エジプト、南ポルトガルなど、より広範囲にわたる地域のダニから検出されています。DHOVもまたヒトに感染する能力を持ち、感染した場合には発熱性の疾患や、より重篤な脳炎を引き起こすことが確認されています。DHOVのゲノムは、THOVよりも一つ多い7つのRNA分節で構成されています。ドーリウイルス属には、DHOVの他にバトケンウイルス（Batken virus、略称BATV）などの血清型も含まれます。DHOVと同様に、これらのウイルスもダニ、カ、そしてヒトを含む哺乳類を宿主とすることが知られています。

これらのウイルスは、媒介者であるダニの生息域と密接に関連しており、ダニに刺されることによってヒトへの感染リスクが生じます。特にダニ媒介感染症が流行する地域においては、これらのウイルスに対する注意が必要です。トゴトウイルス属ウイルスの詳細な分子生物学的特徴や、ダニおよび脊椎動物における複製メカニズムの研究は、これらのウイルスが引き起こす疾患の予防や治療法の開発に貢献すると期待されています。さらに、ダニを介した非ウイルス血症性伝播のような特殊な感染様式の解明は、媒介者による感染症の全体像を理解する上で重要な示唆を与えています。トゴトウイルス属は、その特異な生物学的性質とヒトへの病原性から、ウイルス学および疫学研究の重要な対象となっています。

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