トリアコンタメロン

レオポルド・ゴドフスキー：ピアノ組曲『トリアコンタメロン』

レオポルド・ゴドフスキー（Leopold Godowsky, 1870-1938）によって1919年から1920年にかけて作曲されたピアノのための組曲が、『トリアコンタメロン』と題された作品集です。この作品の正式名称は『トリアコンタメロン、3拍子による30の雰囲気と光景』（Triakontameron, 30 Moods and Scenes in Triple Measure）といい、文字通り、様々な情景や感情を映し出す30の小品によって構成されています。

この組曲は、それぞれ5曲を収めた全6巻として出版されました。制作過程における特異な点は、30曲の全ての楽曲が、作曲家によってわずか一日という極めて短い期間のうちに書き上げられたという事実です。このような驚異的な速筆と集中力は、ゴドフスキーの卓越した技量と創作力の証と言えるでしょう。

音楽的な特徴として最も際立っているのは、組曲全体を通して一貫して3/4拍子で作曲されていることです。タイトルにも明記されているように、全ての楽曲がワルツやメヌエット、あるいはより自由な三拍子のリズムを基調として展開されます。この一貫した拍子によって、組曲全体に独特の統一感と優雅な流れが生まれています。全30曲を続けて演奏した場合、演奏時間はおよそ70分程度になります。

作品名の『トリアコンタメロン』という名称は、イタリア・ルネサンス期の文豪ジョヴァンニ・ボッカッチョ（Giovanni Boccaccio, 1313-1375）による不朽の物語集『デカメロン』（Decameron）から霊感を得て名付けられたとされています。『デカメロン』がギリシャ語の「deka」（10）に由来し「十日物語」を意味するのに対し、『トリアコンタメロン』はギリシャ語で「三十」を意味する「triakonta」に由来しており、これは組曲に含まれる30の楽曲数と見事に対応しています。『デカメロン』が多様な人間模様や情景を描いた物語の集合体であるのと同様に、この組曲もまた「30の雰囲気と光景」を描き出そうとするゴドフスキーの意図が込められていることを示唆しています。

全30曲の中には、特に広く認知され、演奏される機会が多い楽曲がいくつか存在します。その代表的なものとして、組曲の幕開けを飾る第1曲『タンジールの夜』（Nocturnal Tangier）、ゴドフスキーの故郷への思いが込められたと推測される第11曲『なつかしいウィーン』（Alt Wien）、そして異国情緒あふれる第12曲『エチオピアのセレナーデ』（Ethiopian Serenade）の3曲が挙げられます。特に『なつかしいウィーン』は、単独で演奏されることも多く、その美しい旋律とワルツのリズムから、この組曲を代表する小品として多くの人々に親しまれています。

『トリアコンタメロン』は、そのユニークな構成、全曲を貫く3/4拍子、そしてゴドフスキー特有の技巧的かつ詩的なピアノ書法が融合した、魅力溢れる作品集です。各小品が描き出す多様な「雰囲気と光景」は、聴く者に豊かな音楽体験と想像をもたらしてくれることでしょう。

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